スペイン旅行記#12008/01/06

 おととい、12泊14日の初スペインから帰ってきた。
 今回はまず、具体的な交通手段やホテルなどを記録してみたい。というのは、旅行前に印刷物(様々なガイドブック、虎ノ門のスペイン観光局で入手した資料)やネット(地球の歩き方4travelvirtual touristなど)で調べたものの、実際にどうすればいいのか分からないことが多かったからだ。書いておけば誰かの役に立つかもしれない。
初心者はマドリッドに飛び、鉄道とバスで南のアンダルシアを西から東へ移動し、ベルセロナから日本へ戻るというコースを辿ることにした。下線部リンクしています。情報は07年12月、08年01月のもの、1ユーロは163-168円←高い

旅程

12/22(土)
BA0008便 成田発13:05 ロンドン・ヒースロー空港着16:20
A7057便  ヒースロー発18:50 マドリッド・バラハス空港着22:10
航空券は比較検討の上、ブリティッシュ・エアウェイズのHPで購入した。一番条件のよかったKLMは10月半ば既に売り切れており、ブリティッシュはYahooや楽天、JTBなどより安かった。
ホテル Best Western Hotel Carlos V
25日まで3泊 Best WesternのHPで予約(宿泊したホテルはいずれも中級)
地下鉄プエルタ・デル・ソル駅から歩いて5分ほど、エル・コルテ・イングレス百貨店の前
インターネット接続は公共部分(ロビーなど)のみ、朝食有料
娘はサラマンカからバスで来て先にチェックイン、1月3日まで二人で旅行した

12/23(日)
ソフィア王妃芸術センタープラド美術館ティッセン・ボルネミッサ美術館 ひたすら見る、歩く
夕食は予約しておいたBotin

12/24(月)
マヨール広場からセバーダ市場、サン・イシドロ教会、王宮、スペイン広場付近を散策

12/25(火)
スペイン国鉄のTRDで マドリッド・チャマルティン駅発11:00 サラマンカ駅着13:26
マヨール広場、大学、大聖堂付近を歩く
夕食は娘のホストファミリーの家でごちそうになる
ホテル Husa Torre del Clavero
Hotels.comで予約
マヨール広場から徒歩5分、駅からは20分の距離
LANケーブルでネット接続無料(のはずだったが)、朝食有料

12/26(水)
TRDで サラマンカ発9:45 チャマルティン駅着12:15
近郊線セルカニアスでアトーチャ駅に移動、15分ほど
特急AVE アトーチャ駅発14:00 コルドバ着15:42
メスキータを見る、夜はフラメンコショー
ホテル Maimonides Hotel
Expedia.co.jpで予約
駅からタクシーで10分ほど5ユーロの距離、メスキータ正門から20メートル
部屋でインターネット接続無料、朝食有料

12/27(木)
午前中にアルカサルの庭を歩く
アンダルシア・エクスプレス コルドバ駅発12:15 ボバディーリャ着13:52
レヒオナル・エクスプレス ボバディーリャ発15:38 アルへシラス着18:34
タクシーでホテルへ7分ほど、5ユーロの距離
翌日のモロッコツアーを予約
ホテル Hotel Reina Cristina
Hotels.comで予約
インターネット接続不可、朝食夕食付き

12/28(金)
モロッコ1日ツアー
ホテル 引き続き Hotel Reina Cristina

12/29(土)
バスでコスタ・デル・ソルを移動
Portilloバスでアルへシラスからマラガまで
マラガでバスの駅ロッカーに荷物を預け、ピカソ美術館と生家を見る
ALSAバスでマラガからグラナダまで
グラナダ着20:00 市内バスを乗り継いでホテルへ
ホテル Alixares Hotel Granada
HotelClubで予約、アルハンブラ宮殿入り口から坂を50メートルほど上がったところ
公共部分でインターネット接続無料、朝食付き、フレンドリー

12/30(日)
午前中は アルハンブラ宮殿見学 チケットは12月初旬にservicaixa.comで予約
午後はアルバイシン地区、アラブ人街などを歩く
夜renfe TRENHOTEL1等寝台 グラナダ駅発21:45

12/31(月)
TRENHOTEL バルセロナ・サンツ駅着9:27
ホテルにチェックインし、終日ガウディ関連の建物を見る
グエル公園、サグラダ・ファミリアなど
ホテル Alimara Hotel Barcelona
HotelClubで予約、1月3日まで3泊
地下鉄L3線のMundet駅から徒歩2分、明るい
インターネット接続可だが有料15ユーロ、朝食ブッフェ込み

01/01(火)
フニクラとロープウェイでモンジュイックの丘からバルセロナを見下ろす
ランブラス通りを港まで歩く

01/02(水)
ボケリア市場を見た後、私はゴシック地区のピカソ美術館
娘はショッピング、カタルーニャ広場で待ち合わせて夕食

01/03(木)
朝、ホテルをチェックアウト
カタルーニャまで地下鉄で行き、エアロバスでバルセロナ・プラット空港へ
BA0479便 バルセロナ発11:35 ロンドン・ヒースロー空港着13:00
A7057便  ヒースロー発14:35 成田着4日(金)の11:05
娘は3日のうちに国内線でマドリッドへ飛び、renfeでサラマンカへ戻った

はい、こうして書いてみると完璧な計画に見えますね。
しかーし、現実の旅行はなかなか手強いものでありました。続く、、

ゲルニカに再会(スペイン旅行記#2)2008/01/07

1978年の秋、ゲルニカはニューヨークの近代美術館にあった。
ピカソは73年、フランコは75年に死去し、スペイン政府とアメリカの間では当時返還交渉が行なわれていたという。
あの時、2階への踊り場を回ると真っ先に目に入ったのが、モノクロームの大作だ。私は若く、髪が長く、まだ痩せていた。

12月23日、マドリッド到着の翌日、ソルから坂道をどんどん下ってプラド美術館に着いたが、入館を待つ人の列はかなり長い。これは「ソフィア王妃センターに行きなさい」ということですね。
もっとゆっくり歩けば、と後ろから娘の声がするが、自然に早足になる。

ガラスのエレベーターを上がり、白い四角い建物の回廊を回って、ゲルニカの前に立つ。およそ30年ぶりの再会だ。

私は変わっただろうか。私の中心にあるものは変わっただろうか。

子豚の開き(スペイン旅行記#3)2008/01/12

 23日夜たくさんの人でにぎわうマヨール広場を通り抜け、南西の端にある階段を下りてBotinに行った。午後8時、店の前では30人ほどの人たちがざわざわと開店時間を待っている。予約しておいてよかった。2階のよい席に案内された。

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 サラダとサングリア、そして子豚の丸焼き(コチニーリョ・ アサード)を注文した。これは店先に置いてあった絵はがきの絵だが、この名物料理は南の島と違ってこんなふうに子豚が開いてある。

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 子豚の開きは、この翌日のセバーダ市場やバルセロナのボケリア市場でたくさん見かけた。サングラスをかけたのもいた。丸焼きにするのは生後2週間以内のものらしい。
 注文すると、もちろん1人分を切り分けて持ってくる。私たちは2人でシェアしたけれど、それでもかなり量があった。コースについてくるニンニクのスープ(ソパ・デ・アホ)もおいしかった。
 あー、ついに来ちゃった。ヘミングウェイもドス・パソスも食事をしたBotinである。世界最古のレストラン、すばらしい。
 と感慨に浸ろうとしたけれど、お酒に弱い母と娘は半分のサングリアでふわふわ酔ったみたい。楽しい気分になってあれこれ話し、ヘミングウェイはどこに座ったのか尋ねるのも、近くの「ヘミングウェイが食べなかった」レストランを探すのも忘れ、ホテルへ戻ってしまった。

注意:クリスマスに旅行するなら(スペイン旅行記#4)2008/01/12

 スペインの夕食時間はふつう午後8時から。
バルならいろいろ注文できるけれど、レストランは2時から4時までが昼食で、4時からはカフェの時間、夕食は8時まで始まらない。
 ただし、クリスマス・イブの24日は、8時になったら首都マドリッド内のほとんどのレストランやバルがどんどん閉まってしまった。開いているのはファースト・フード店だけ。お腹を空かせて歩き回る旅行者たち(私たちも)が、スペインのサブウェイ「パンズカンパニー 」に長い列を作った。ボカディージョ、そんなに悪くないですけどね。
 というわけで、12月24日は夜8時までに、バルで何かつついておくといいかもしれません。

大学町サラマンカ(スペイン旅行記#5)2008/01/12

 25日、マドリッドのチャマルティン駅からTRDに乗った。西北西へ2時間半、「世界の車窓から」さながらの風景が広がっている。あの短い番組が、どれほど日本人の旅への憧れをかき立てたことか。さほどテレビ好きではない私も、石丸さんのナレーションが聞こえると思わず見入ってしまう。オリーブ畑や丘陵、渓谷を眺めているうちにサラマンカ駅に着いた。
 世界遺産の町サラマンカは、静かな大学町だ。
と思ったが、これは家族が家で一緒に過ごすクリスマスの時間帯だったためで、この日の夜には大勢の人が町へ繰り出し、広場の様子も一変した。夜のカフェの何とにぎやかだったこと!
これは、まだ閑散とした日中のマヨール広場だ。

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 娘がホームステイ先に行っている間、私は一人で町を歩き回った。マヨール広場に面した店でコーヒーを飲む。ブロンズ製のおじさんが椅子に座り、その右にブロンズと同じように動かないおじさんがいた。静かだ。

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 そのあと、トルメス川にかかるローマ橋まで旧市街を歩いた。橋から眺める新旧の大聖堂が美しい、とガイドブックにある。曇ってはいるが、確かに見事だ。
 と、後ろから大声が聞こえた。なに?
酔っぱらいが一人わめきながら、橋をこちらへ渡って来るのだ。他には誰もいない。
平気なふりをして、写真を撮り続けた。赤い髭面が近づいて何か大声で言ったけれど、スペイン語わかりませ〜ん。ひきつりながらニッコリしたら、そのまま通り過ぎて行った。ほっとして後ろ姿を1枚。

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 サラマンカ大学は1218年創立、ヨーロッパで最も古い大学のひとつで、現在cursos internacionalesインターナショナル・コースで多くの国の学生がスペイン語を学んでいる。アメリカでお世話になったS家のダイアナも、数年前ここに来ていた。

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 そう言えば、ガルシア・マルケス「予告された殺人の記録」に出てくる検死の下手な神父はこの大学で医学を学んだ、と書かれていたっけ。
 有名なレリーフのあるファサードと中世そのままの図書館の画像を、wikiなどで見ることができる。
 レリーフにはカエルが彫ってあり、それを見つけると幸福になるという。大学近くの店にもカエルのお土産が色々置かれていた。絵はがきを買いながら理由を英語で聞いてみると、カエルは大学のシンボルだ(たぶん)とスペイン語で教えてくれた。

 夕食はホストファミリー宅でごちそうになった。クリスマス休暇中はケベックからの留学生も滞在しており、スペイン語、フランス語、英語(と日本語)が飛び交いにぎやかだった。陽気なイグナシオとお料理上手なマリアンヘレスにお会いできてうれしかった。

コルドバの夜(スペイン旅行記#6)2008/01/13

 26日朝サラマンカからTRDでマドリッドのチャマルティン駅に戻り、アトーチャ駅に移動して新幹線AVEに乗った。1時間45分ほどでコルドバに到着だ。

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 タクシーで旧市街に近づくと、いい匂いが漂ってきた。アンダルシアの風の匂いだ。
コルドバから出た哲学者の名前を持つホテルに荷物を置き、すぐ近くのメスキータへ向かう。門を入ると匂いのわけが分かった。中庭にオレンジの木がたくさん並んでいる。気づかなかったが、町の街路樹もオレンジなのだった。

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 メスキータに林立するアーチ型の円柱は彩色されているのではなく、赤いれんがと白い石が組み合わされている。イスラムの王によって建てられたこの寺院は、レコンキスタによってキリスト教の礼拝堂にもなり、中央には長方形の大聖堂も建てられた。
 外に出ると、娘は中庭の木に飛びついてちゃっかりオレンジをもぎ取った。背はずいぶん高くなったけど、小学生の頃と少しも変わっていない。
インフォメーション・センターで地図をもらう時も、娘はカウンターの人に「このオレンジ、食べられる?」と聞いていた。
係の人が口を歪めてスペイン語で何か答えたので「何だって?」と聞くと
「食べられるけど、酸っぱくてまずいって」でも、食べていた。
本当に小学生みたい。
 メスキータ近くのタブラオに本場のショーを予約し、狭く入り組んだユダヤ人街を散策した。よく写真で見る「花の小道」には、革製品コードバンの店もあった。

 夜10時半からのフラメンコ・ショーでは、ヒターノの深い声とフラメンコ・ギターの響き、床を踏み鳴らす音とカスタネットのリズムに引き込まれた。黒い髪と目の女性ダンサーが本当に魅力的だ。男性ダンサーは往年のハリウッドスター、ジミー・スチュアートの若い頃によく似ている。歌詞は理解できないが、この地に長く伝わるできごとや悲恋が歌われていたのだろう。濃密な2時間だった。コルドバへ行くなら、El Cardenalお薦めです。

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 翌朝、アルカサルの庭園を歩いた。
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アンダルシア・エクスプレス(スペイン旅行記#7)2008/01/13

 何よりもその響きが明るいアンダルシア・エクスプレスである。
が、27日午後、コルドバ駅のホームに降りて驚いた。列車は泥だらけだ!

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 同じ車両に座っているのは、私たちの他にたった2人。renfeに足を運んで事前に切符を買う必要はなかったみたい。ごめんね、Nちゃん。
 外が少し見えるすき間を見つけて、写真を撮った。

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 アンダルシアのオリーブ畑の中を、泥んこの急行列車は進む。ついでに言えば、急行を名乗るほど速くもない。