スリランカ(3)文化三角地帯その他2017/05/01

Green Holidayサイトから地図を拝借
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 今回回ったのは、3−4泊で行ける最もポピュラーな文化三角地帯だ。
国際便はほとんど深夜にバンダラナイケ国際空港に到着する。翌朝から車でアヌラーダプラ〜(ポロンナルワ)〜シギリヤ〜(ダンブッラ)〜キャンディ〜(ヌワラエリヤ)〜コロンボと回るのが、日本からのツアーや現地出発ツアーにもよくあるコースのようだ。滞在期間がもう少し長ければ、南のゴールなどにも足を延ばす。公共交通機関を利用しての個人旅行は、きっとかなり難しいだろう。何しろ、完全には止まらないバスに皆が飛び乗り飛び降りる国なのだ。
 ガイドを本業とするスニールさんにお願いして、かなり良心的な値段でツアーをまとめていただいた。前後にはご自宅に泊めてくださり、スリランカ家庭の暮らし方も知ることができた。ありがたいことです。

 食事は様々なカレーと野菜あれこれ、果物と紅茶。外国人向けに抑えてあったが、きっと本物は数段辛いのだろう。短時間のツアーにアーユルヴェーダも組み込み、オイルマッサージとハーブ蒸しを体験。ほとんど縁のない宝石屋にも行ってみた。そうそう、観光コースの象乗りやスパイスガーデンなども。
 残念ながら見られなかったのは、ヌワラエリヤの紅茶畑、建築家ジェフリー・バワの建物。伝統の残るイギリス式アフタヌーンティも次の宿題にしよう。

 広いスニールさんの家では、Y君のお母さんとお姉さんが幼稚園を運営している。ちょっと珍しいスリランカの幼稚園風景をここに3枚。やんちゃな子やはにかみ屋、子供はどこの国も面白いよね。
 コホマダ・オヤテ?(お元気ですか)
 ママ・ホディン(はい、元気です)

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スリランカ(2)中国がやって来た2017/04/30

 スリランカ中部の道路を車で走り抜けてゆく。名前を知らない町から町へ。アルファベット表記の国なら地図をたどる方法はあるが、シンハラ語クルクル文字は全く手がかりなし。どの町も商店が軒を連ね、人々が歩き、たくさんのトゥクトゥクが行き交っている。
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 高原の町キャンディは湖に沿って広がり、世界遺産の町の中心に佛歯寺(ダラダー・マーリガーワ寺院)がある。4世紀初めにブッダの歯が運ばれ、幾つかの寺で祀られた後現在はここに納められているという。佛歯の扉が開かれるプージャの礼拝時(一日3回)にはたくさんの信者が訪れる。
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伝統のキャンディダンスを見る。最後の火渡りが圧巻だった。足裏の丈夫な人々。
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 「是非に」と言って、閉店間際のキャンディ・マーケットへ連れて行ってもらった。果物、野菜、豆、スパイス、ヤシ油、、暮らしの見える市場は本当に楽しい。水牛のヨーグルト、美味しいカード入りの陶器も重なっている。レンズ豆とレッドライス、ボール状のパーム砂糖を買った。
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夜キャンディのホテルに着いて、翌朝カーテンを開けると
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 そしてコロンボへ。初めて眺めるインド洋だ。ゴールフェイス・グリーン公園に国旗がはためいていた。
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 ツアーの道々、スニールさんにスリランカの歴史を簡単に教えてもらった。シンハラ人の国にインドからタミール人がやって来たこと。16世紀にポルトガル人がセイロンを植民地化し、次にオランダが、さらにイギリスが来て長い植民地時代が続いたこと。独立は1948年だが、その後もイギリス連邦自治領であったため、スニールさんの記憶にあるのは市中心部の白い建物を我が物顔に歩くイギリス人だそうだ。

 市北部のフォート地区に、コロンボ灯台がある。半分だけペイントされたこの灯台はイギリスが建てたもので、真下に広がるインド洋を見晴していた。
なぜ「見晴らしていた」なのかと言うと
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中国資本がやって来たからである。
灯台下の青い海はもうない。歴史も文化も景観もお構いなしに、中国が砂ぼこりを立てながら力ずくで埋め立て工事を進めている。かなり大きな中華街ができる予定だと聞いた。
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スリランカ(1)シギリアは48階2017/04/30

 3月最終週にスリランカへ行った。学生のお父さんが案内してくれることになり、日本語教師仲間二人と(それぞれ別の便で)コロンボへ飛んだ。
写真を貼り付けて、思い出したことを少し書こう。
 (帰りにバンコクに立ち寄って帰国した翌日から新年度が始まり、久しぶりに風邪を引き、娘が10日ほど一時滞在し、後片付けやプリント作りに追われているうちに連休開始となったわけだ。慌ただしい一ヶ月だったなあ。)

 到着した翌日、スニール氏がまず連れて行ってくれたのは、古都アヌラーダプラ
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 気温は33度、仏塔を囲む木立には猿の群れがいて、時々キーキー走り回っている。白い服の信者たちが大勢裸足で歩いて行くが、えーっ、ここでサンダルを脱げって?焼け石のような石畳の上をピョンピョン跳んで移動しながら、お参りいたしました。足裏真っ赤にヤケド。用意のいい同僚たちはちゃんと靴下持ってました。スニールさん「アチチのお寺、きっと忘れませんね」はい。
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ゴータマ・シッタルダがその下で悟りを得た菩提樹の小枝が運ばれ、ここに植樹されたというスリ・マハ菩提樹もあった。色鮮やかな涅槃仏はイルスムニア精舎に横たわっている。

 ツアー2日目の目的地はシギリアスニールさんも一緒に登ってくれるという。
外国人観光客たちはこの先の道で現地ガイドたちに次々と話しかけられ、登り道の途中で親切に手を引いてくれる(実は高額)ガイドをつい雇ってしまうらしい。
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力強い手に頼りたくなる気持ちがわからないでもない。
iPhoneアプリのヘルスケアによれば、この上り階段は48階分もあったのだ。ひい。
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幸いにも曇りの午前中だが、すでに気温は高い。長い石段の向こう、狭いスチール階段が岸壁にへばりつくように延々と続いている。汗を拭きながら麗しいシギリアレディを眺め、ライオン門で一息ついてさらに登り、1時間ほどかけて頂上に到達した。

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5世紀後半、アヌラーダプラを離れこの天空に王宮を建てたのは、孤独なカッサパ王だった。
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ヘミングウェイの家(キューバ)2017/02/11

 ミネソタの友達がキューバ旅行の写真を送ってくれた。P夫妻とこの前会ったのは3年前のメキシコ旅行だ。メキシコシティーで待ち合わせ一緒に数日過ごした後、わたしは一人でハバナに行ったのだが、念願のフィンカ・ビフィアは映画の撮影中だとかで見られなかった。泣く泣く帰国し、事の顛末(キューバで絶句するをメールに書いたのを覚えていてくれたのだ。

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 アフリカで仕留めた動物の剥製、そしてミロの「農場」の複製(本物はD.C.のナショナル・ギャラリーにある)が飾られている。これはダイニングルームだろうか。

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 立って使っていたというタイプライター。これで『老人と海』を書いたのか。

 オバマ大統領がキューバとの国交を回復したものの、アメリカ人の観光はまだツアー参加が前提になるようで、P夫妻も教員組合キューバ旅行で回ったそうだ。二つの国は国交正常化に向けてゆっくり動き出すはずだったが、トランプ政権はその打ち切りを示唆しており先行きは読めない。
 もしわたしがもう一度キューバに行けるとしても、またカナダ経由になるのかしら。話は逸れるが、ここ数日、トランプ大統領の読解力に疑問ありという報道をいくつか読んだ。一冊も本を読み通したことがないらしいとか、小4程度の英語力だとか、長い文章が読めないので思考力も劣り、発言が支離滅裂になる、質問に的確に答えられない、契約書は周りの説明を受けてサインする(大統領令も?!)などなど恐ろしいことばかり。詩人がいないどころの話ではなかった。

バンコクとホアヒン2016/12/26


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 1年前のチェンマイ旅行を近所の仲間と相談していた頃、かの国にこんな縁ができるとは思っていなかった。2月から娘が住み始め、1年で3度目のタイ訪問。今回は子供の暮らしぶりが見たいという夫と一緒に、バンコクとホアヒン各2泊ずつの旅行だった。
 すっかりバンコク生活に馴染んだ娘は、週末のチャトチャク・マーケット、リバークルーズ、アジアティックなどに案内してくれた。わたしたちも気楽に地下鉄を乗り継ぎ、繁華街のモールへ出かけた。
 写真はバンコクから南へ200kmほど離れたホアヒンのリゾート。物価の安いタイだからこその初5つ星ホテルは、本当に美しい所だった。朝は庭で行われるヨガに参加し、片足で立てずヨロヨロ。昼間はプールサイドで本を読んだり泳いだりし、日が落ちるとトゥクトゥクでナイトマーケットに出かけた。その夜市では今年初めに爆破事件も起きたが、特に目立つ警察官の姿はなかったようだ。娘が言う通りマイペンライ」の国なのか。
 10月の国王死去により、国全体は1年の服喪期間にある。大きな黒い遺影があちこちに貼られ、街角に置かれた数多くの祭壇で早朝から一心にお祈りをする若い人々/若くない人々を見かけた。温和で寛大で一見あっさりした国民性の奥にあるものが、これから少しずつ見えてくるかしら。娘が滞在している間に、きっともう何回か出かけることになるだろう。お料理も美味しいしね。

9月のイギリス旅行 (6)ロンドン最終日2016/10/15

 最終日は夕方まで、それぞれ自由にロンドン市内を歩くことにした。キングズクロス駅から徒歩2分の小さなホテルは部屋も小さくスーツケースを開けるスペースさえなかったが、観光に便利でよかった。半地下で出されるフル・イングリッシュ・ブレックファストも。
 相棒Uはバッキンガム宮殿へ向かう。わたしはセントポール大聖堂まで地下鉄で行き、(ハリポタで破壊された)ミレニアム橋を渡って、テート・モダンへ歩いた。
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これを見るために
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 ロンドンの美術館/博物館はテート・モダンを含め大半が無料だが、こうした企画展には10数ポンドの入場料が必要だ。また当然ながら、常設展と違って写真撮影はできない。
 この回顧展は、ジョージア・オキーフが写真家アルフレッド・スティーグリッツと出会い、ニューヨークの画廊291に画家として初めて作品を発表した1916年からちょうど100年を記念するものだった。オキーフの一世紀。
 ニューヨーク時代、抽象画への傾倒、ジョージ湖、花と静物、ニューメキシコ、年代別に並べられた作品群が、オキーフという類稀な人物を物語る。ゴーストランチから見えるペダーナル山についての冗談めいた発言「これはわたしの山です。十分に山を描き切れたらわたしのものになる、と神様が言ったのです」
 元は発電所だったテート・モダンは広々と機能的に改築され、鉄骨やステンレスがいかにも21世紀だ。常設展に並ぶ傑作モダン・アートの数々も見逃せない。マーク・ロスコの部屋もよかった(もう一組の壁画を、千葉県の川村記念美術館で静かに見ることができる)。歩き疲れて外に出ると、テムズ川沿いの広場でエド・シーラン風のシンガーソングランターが歌っていた。

 そのまま川沿いを西へ。シェイクスピア・グローブ座前では、即興詩人が詩を売っている。注文者を詠った詩をタイプライターで打ち込むらしい。文化ですねえ。感心しながら歩いていると、こちらの顔をしげしげ見ながら急接近してくる人がいる。えっ何?「S先生でしょ」
うわあ、びっくり。元同僚のTさんでした。サングラスかけてたのによくわかったね。Tさんは一人でミュージカル三昧のロンドン旅行なんだそうな。不思議な偶然を証拠写真に撮り、西と東に別れた。
 そしてバラ・マーケットBorough Market
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 それから、2016年現在無料で登れる新しいタワー Sky Gardenから、ロンドン塔とタワーブリッジを見下ろす。ビッグベンも見えるけど、ちょっと遠い。
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 Uとは夕方、コベントガーデン駅横のMarks&Spencerで待ち合わせた。
一緒に夕食を取り、今回最後のお楽しみ、キャロル・キングのミュージカル "Beautiful"を見た。"Tapestry"に至るまでのキャロル・キング、ジェイムス・テイラーやジョニ・ミチェルに会う前の若いキャロルの物語が胸を打つ。長い間聴いてきたひとつひとつの意味が、今ようやくわかったような気がする。
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9月のイギリス旅行 (5)エディンバラ2016/10/10

 エディンバラはいつか訪れたい町の一つだった。行ってみれば長い間の期待をはるかに超える素敵な町で、せっせと歩いた距離は(今チェック)2日間で25km、多分新記録だろう。

 4日目の朝、市中心部のプリンスィズ通りにあるホテルから、エディンバラ城へ坂を上ってゆく。ニュータウンもよい。オールドタウンもよい。通りも建物も趣きがあり素晴らしい。どこも観光客でにぎやかだが、何か落ち着いた空気が漂っている。
エディンバラ城入り口
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城壁内側からの眺め
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毎日午後1時に空砲が撃たれるワン・オクロック砲
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ロイヤルマイルにはもちろんバグパイプの響きが
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それから、必ず足を伸ばしたいこのコーヒーハウス。ハリー・ポッター・ファンが列を作り、J.K.ローリングの席に座るのは大変だろう。通り過ぎる二人。
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王族が時折休暇を過ごすというホリールード宮殿を、韓国からの修学旅行生がにぎやかに歩いてゆく。わたしたちはここでアフタヌーンティーをいただきました。
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それからロイヤルマイルを戻って以前教えた学生Davidと会い、町で一番小さなパブに連れて行ってもらった。話をしながらビールを飲み、気になっていた伝統の食べ物ハギスを食べる。
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 5日目は、もう歩きたくないUの提案でバス1日券を購入。でもカールトンヒルに行くにはやっぱり歩かなくちゃ。ネルソン記念塔にも登らなくちゃ。
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そして、スコットランド国立博物館と美術館内部もひたすら歩き回り、独立の士ウィリアム・ウォレス(お話がかっこよ過ぎる『ブレイブ・ハート』)やロバート一世、ケルト文化、ジェームズ・ワット、ウィリアム・モリス、クローン羊ドリー、ヘンリー・レイバーンのスケートをする牧師、ラファエロ、エルグレコ、ゴヤ、ゴーギャンを見て、外に出ればエディンバラの町はやっぱり美しいのだった。
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この日の夕方列車に乗ってロンドンに戻り(所要時間は4時間)、キングズクロス駅9と3/4プラットホームで記念撮影をした。マフラーはもちろんグリフィンドールね。