マティスの赤 2枚 ― 2012/05/13 22:28
土曜日、国立新美術館へセザンヌ展とエルミタージュ展を見に行った。テレビ番組でも紹介された都心の美術展はもちろん混んでいたが、予想していたほどひどくはなく、好きな作品の前で少し立ち止まることもできた。展覧会友だちKさん、ありがとう。
絵を見る楽しさはどこから来るのだろう、といつも思う。作品を前にすると、うん、これだ、という言葉では表現できない種類の確信が湧くのだ。不確かな事柄ばかりだから、確信そのものがうれしいのか...
揺るぎなく、これだ、と思うマティスの赤2枚。The Red StudioはMOMAにある。
はるばるロシアからもう一枚のHarmony in Red赤い部屋がやって来て、今回初めて見ることができた。
簡単な英語で書かれた子ども向けのマティス入門書は、10年ほど前に購入した。金魚鉢や開いた窓、ダンスとともに、2枚の赤が載っている。
絵を見る楽しさはどこから来るのだろう、といつも思う。作品を前にすると、うん、これだ、という言葉では表現できない種類の確信が湧くのだ。不確かな事柄ばかりだから、確信そのものがうれしいのか...
揺るぎなく、これだ、と思うマティスの赤2枚。The Red StudioはMOMAにある。
はるばるロシアからもう一枚のHarmony in Red赤い部屋がやって来て、今回初めて見ることができた。
簡単な英語で書かれた子ども向けのマティス入門書は、10年ほど前に購入した。金魚鉢や開いた窓、ダンスとともに、2枚の赤が載っている。
日光のグラススタジオ ― 2012/04/18 00:52
友人のガラス工房が、栃木県の日光市にある。
霧降高原のグラススタジオ・ポンテだ。
先週末母の家に行き、昼食後、いつものようにスタジオを訪ねた。何組かのお客が、アシスタントの方々と吹きガラス作りを楽しんでいた。
友人とは記憶にないくらい遠い昔、幼稚園時代からのつき合いで、会えばこの前の続きのように話が始まる。
深夜に町を歩いた高校生の頃と同じだ。ケータイもメールもないあの時代、どうやって待ち合わせたんだっけ...
桜は宇都宮まで満開だったのに、日光ではまだつぼみだった。スタジオの窓から見える山桜が、次の週末には咲き始めるだろうか。
動画を置いておこう。
静かな林の中です。よろしければ、お出かけくださいね。
霧降高原のグラススタジオ・ポンテだ。
先週末母の家に行き、昼食後、いつものようにスタジオを訪ねた。何組かのお客が、アシスタントの方々と吹きガラス作りを楽しんでいた。
友人とは記憶にないくらい遠い昔、幼稚園時代からのつき合いで、会えばこの前の続きのように話が始まる。
深夜に町を歩いた高校生の頃と同じだ。ケータイもメールもないあの時代、どうやって待ち合わせたんだっけ...
桜は宇都宮まで満開だったのに、日光ではまだつぼみだった。スタジオの窓から見える山桜が、次の週末には咲き始めるだろうか。
動画を置いておこう。
静かな林の中です。よろしければ、お出かけくださいね。
写真家Carl Van Vechten ― 2012/01/29 23:41
ラングストン・
ヒューズ自伝を読んだのは、ずいぶん昔、二十歳の時だ。10何年か前「極私的」アメリカ文学ファイルに彼の名前を加える時
、ちょうどよい画像はないかとまだ情報量の少なかった当時のネット上を探し、写真を貼り付けた。
それから何年か後、シアトルの本屋で同じ写真家による写真はがきを買った。ハーレム・ルネサンス時代の若いL.ヒューズだ。その後、ビリー・ホリディや若いカポーティの写真もこの写真家のものだと知った。
今では、写真家カール・ヴァン・ヴェクテンがジョージア・オキーフやスティーグリッツとも親交があったこと、さらにはガートルード・スタインの遺稿管理者だったことも、wikiなどで瞬時に知ることができる。リンクを辿れば、この場にいながら、イェール大学やNY公立図書館他にある数多くの写真を閲覧できてしまう。
その便利さに驚嘆しつつ、ヴェクテンが資料の一部でなく何か特別なことと感じられるのは、何年も気にかけていたからこそなのだとも思う。
膨大な情報とリンクは、繋がり合い絡み合って巨大な雲のように漂っている。粒を拾い集めてそこに意味を見いだすのは、もちろん雲の下にいるわたしだ。
ふたつの"Ladder to the Moon" ― 2011/11/19 01:15
Georgia O'keeffe ジョージア・オキーフの"Ladder to the Moon"が気になり、検索した。絵は1958年に描かれ、現在はNYロングアイランドのFisher Landau Center for Artにあるらしい。
やや緑がかったものを保存したが、実際の色味はどうなのだろう。ネット上には様々な青色の画像が置いてあった。

と、偶然こんな絵本に出会った。
インドネシア人Maya Soetoro-Ngの初めての本だという。歴史教師だった彼女は、オバマ大統領の妹でもある。Amazonでの発売は来年1月の予定だ。予約をした。
やや緑がかったものを保存したが、実際の色味はどうなのだろう。ネット上には様々な青色の画像が置いてあった。

と、偶然こんな絵本に出会った。
インドネシア人Maya Soetoro-Ngの初めての本だという。歴史教師だった彼女は、オバマ大統領の妹でもある。Amazonでの発売は来年1月の予定だ。予約をした。
もう一人の静かな ― 2011/11/13 23:55
今はもう子供ではなくなった子供たちに読み聞かせした本のうち、最も気に入っていた本の中の1冊が、ロバート・マックロスキーの『すばらしいとき』だ。
福音館の絵本はわたなべしげおさんの訳もすてきで、本当に繰り返し繰り返し読んだものだ。コルデコット賞を受賞した原作"Time of Wonder"も、何年か前に手に入れた。
マックロスキーは、もちろん『サリーのこけももつみ』や『かもさんおとおり』でも有名だ。
先月旅先で評伝を見つけたが、ハードカバーが重たいので、帰ってからAmazonに注文した。著者はマックロスキーの次女ジェーン、父親をボブと呼んでいたらしい。
ボブは静かで恥ずかしがり屋だったと、ジェーンは回想している。ぶっきらぼうに話す人だったという。ホッパーと同じ東海岸の、もう少し北のメイン州をしばしば淡い水彩で描いた。
ペノブスコット湾、いつか行ってみたいと思っている。
福音館の絵本はわたなべしげおさんの訳もすてきで、本当に繰り返し繰り返し読んだものだ。コルデコット賞を受賞した原作"Time of Wonder"も、何年か前に手に入れた。
マックロスキーは、もちろん『サリーのこけももつみ』や『かもさんおとおり』でも有名だ。
先月旅先で評伝を見つけたが、ハードカバーが重たいので、帰ってからAmazonに注文した。著者はマックロスキーの次女ジェーン、父親をボブと呼んでいたらしい。
ボブは静かで恥ずかしがり屋だったと、ジェーンは回想している。ぶっきらぼうに話す人だったという。ホッパーと同じ東海岸の、もう少し北のメイン州をしばしば淡い水彩で描いた。
ペノブスコット湾、いつか行ってみたいと思っている。
再び絵の話 謎のジヌー夫人 ― 2011/11/06 00:18
METでゴッホのマダム・ジヌーを見た時、どこかで見た顔のような気がした。
今日になって思い出したが、何のことはない。4年前、フロリダで同席しているのだ。

ジヌー夫人は、フランス南部のアルルにあったカフェの主人の奥さんだそうだ。同じ人物をゴーギャンも描いている。2枚の絵についての解説があった。
マダム・ジヌー人形が座っていたのは、キーウエストにある美術と歴史博物館 Key West Art and History Museum の正面玄関わきだ。
この博物館には、スペイン統治時代の歴史資料や、ヘミングウェイゆかりの品々などが収められていたと思う。
キーウエストにはテネシー・ウィリアムズや詩人のロバート・フロスト、ウォレス・スティーヴンスなども滞在した。そもそもヘミングウェイにUSA最南端の町への滞在を勧めたのは、パリで交遊を深めたドス・パソスだという。1920年代のことだ。
というわけで、1888年のマダム・ジヌーがなぜ何のために、はるばる時空を超えて2007年、キーウエストのテラスで本を読んでいたのか
、全くの謎である。今のところ。
静かな絵のホッパーは静かだった ― 2011/11/03 12:12
先週、友人と国立新美術館の『モダンアート、アメリカン展』に行った。ロマン主義から抽象表現まで10章に分けられ、同時にアメリカの6つの地点を巡るという面白い構成だった。
集中力のオキーフは4点。静かなホッパーは2点。
そのエドワード・ホッパー、実際はどんな人だったのだろう。
資料はDCのナショナル・ギャラリーにあった。2007年企画展のムービーは、スティーヴ・マーチンのナレーションだ。「友だちの間でも、とてつもない無口 monumental silences で有名だった」
作品には、朝の光や昼下がりの光があふれている。または、店やオフィスの明るい照明の中に、人はいる。だが、彼らはいつも寡黙で uncommunicative 、ぽつんと孤独 isolated だ。灯台やガソリンスタンド、劇場、夜の窓や海辺の絵がある。作品は何かを物語るのではなく、ただアメリカン・ライフの静かな一瞬を捉えている。
今回来ていない絵だが、1枚貼り付けておこう。ケープコッドの朝、出窓から眺めているのは、もちろん東に青く広がる大西洋だろう。

Cape Cod Morning 1950



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