2017年春学期2017/06/19

 日本語学校は3ヶ月ターム制が多い。K校の総合日本語コース、春学期10週間は先週終了した。Y校も水曜日の個人面談が終わると、短い学期休みに入る。
 
 久しぶりに写真を貼り付けよう。アジア系5カ国21人は初級後半を勉強中だ。都心の学校に安全対策は欠かせず、5月の校外学習は防災館、今日は避難訓練だった。
 ディクテーション、漢字と文法小テスト、動詞フォームテスト、各課テストの採点と成績表記入、お掃除当番表と月毎の座席表作成など、授業以外の作業も少なくない。今年度担任制が復活したY校で(逃げ切れず)クラスを任されてしまい、楽しいけれど気忙しい3ヶ月だった。お疲れさま〜

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眺める本2017/05/20

 今年の母の日プレゼントは本だった。ちゃっかりこちらから希望を言って届けてもらった。ありがとう、子供たち。
ここ数年、本はたいてい図書館で借りることにしているが、こういう本は置いていない。旅先の本屋で見かけ、いつか欲しいとメモしておいた大判の本だ。どちらも子供向けなので週末にゆっくり、読むというより(多分辞書なしで)眺められる。

ベランダ菜園20172017/05/12


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 苗を買ったのは連休前の週末だから、かれこれ20日ほどになるのか。今年のトマトも順調に育っている。冬野菜のほうれん草は、やっぱり季節に合わないようだ。寒い時期の葉はゆっくり伸びて柔らかいサラダになったのに、今は中心の茎が力強く花が咲きかけている。春菊も同様。バジルは今回、種から始めてみた。説明には発芽させて少し伸びたら植え替えると書いてあったけど、このまま何とかなるんじゃないかと、いつもながらいい加減だ。某所からやって来た新しいローズマリー、どうかしっかり根付きますように。

 午後クラスだけ週に4日というペースが程よい。出かける前にのんびりとベランダに出る時間もある。子供たちがまだ学生で家にいた頃は午前も午後も教えていたなんて、一体どうやっていたんだろう。思い出せば、あの頃ベランダにはゴムの木と花の咲かないグレープフルーツと初代ローズマリーしかなかった。つまり、いつも身の回りに何か手をかける対象が欲しいのかもしれない。
 昨日ベランダ園芸中の教師仲間何人かと、水やりのタイミングについて話していた。朝になるとつい水をあげたくなって根腐れさせるY先生。だって構いたいんだもん、犬みたいに首輪つけて散歩させたくなるよね、と笑い合った。寂しいわたしたち、、?

スリランカ(3)文化三角地帯その他2017/05/01

Green Holidayサイトから地図を拝借
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 今回回ったのは、3−4泊で行ける最もポピュラーな文化三角地帯だ。
国際便はほとんど深夜にバンダラナイケ国際空港に到着する。翌朝から車でアヌラーダプラ〜(ポロンナルワ)〜シギリヤ〜(ダンブッラ)〜キャンディ〜(ヌワラエリヤ)〜コロンボと回るのが、日本からのツアーや現地出発ツアーにもよくあるコースのようだ。滞在期間がもう少し長ければ、南のゴールなどにも足を延ばす。公共交通機関を利用しての個人旅行は、きっとかなり難しいだろう。何しろ、完全には止まらないバスに皆が飛び乗り飛び降りる国なのだ。
 ガイドを本業とするスニールさんにお願いして、かなり良心的な値段でツアーをまとめていただいた。前後にはご自宅に泊めてくださり、スリランカ家庭の暮らし方も知ることができた。ありがたいことです。

 食事は様々なカレーと野菜あれこれ、果物と紅茶。外国人向けに抑えてあったが、きっと本物は数段辛いのだろう。短時間のツアーにアーユルヴェーダも組み込み、オイルマッサージとハーブ蒸しを体験。ほとんど縁のない宝石屋にも行ってみた。そうそう、観光コースの象乗りやスパイスガーデンなども。
 残念ながら見られなかったのは、ヌワラエリヤの紅茶畑、建築家ジェフリー・バワの建物。伝統の残るイギリス式アフタヌーンティも次の宿題にしよう。

 広いスニールさんの家では、Y君のお母さんとお姉さんが幼稚園を運営している。ちょっと珍しいスリランカの幼稚園風景をここに3枚。やんちゃな子やはにかみ屋、子供はどこの国も面白いよね。
 コホマダ・オヤテ?(お元気ですか)
 ママ・ホディン(はい、元気です)

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スリランカ(2)中国がやって来た2017/04/30

 スリランカ中部の道路を車で走り抜けてゆく。名前を知らない町から町へ。アルファベット表記の国なら地図をたどる方法はあるが、シンハラ語クルクル文字は全く手がかりなし。どの町も商店が軒を連ね、人々が歩き、たくさんのトゥクトゥクが行き交っている。
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 高原の町キャンディは湖に沿って広がり、世界遺産の町の中心に佛歯寺(ダラダー・マーリガーワ寺院)がある。4世紀初めにブッダの歯が運ばれ、幾つかの寺で祀られた後現在はここに納められているという。佛歯の扉が開かれるプージャの礼拝時(一日3回)にはたくさんの信者が訪れる。
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伝統のキャンディダンスを見る。最後の火渡りが圧巻だった。足裏の丈夫な人々。
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 「是非に」と言って、閉店間際のキャンディ・マーケットへ連れて行ってもらった。果物、野菜、豆、スパイス、ヤシ油、、暮らしの見える市場は本当に楽しい。水牛のヨーグルト、美味しいカード入りの陶器も重なっている。レンズ豆とレッドライス、ボール状のパーム砂糖を買った。
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夜キャンディのホテルに着いて、翌朝カーテンを開けると
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 そしてコロンボへ。初めて眺めるインド洋だ。ゴールフェイス・グリーン公園に国旗がはためいていた。
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 ツアーの道々、スニールさんにスリランカの歴史を簡単に教えてもらった。シンハラ人の国にインドからタミール人がやって来たこと。16世紀にポルトガル人がセイロンを植民地化し、次にオランダが、さらにイギリスが来て長い植民地時代が続いたこと。独立は1948年だが、その後もイギリス連邦自治領であったため、スニールさんの記憶にあるのは市中心部の白い建物を我が物顔に歩くイギリス人だそうだ。

 市北部のフォート地区に、コロンボ灯台がある。半分だけペイントされたこの灯台はイギリスが建てたもので、真下に広がるインド洋を見晴していた。
なぜ「見晴らしていた」なのかと言うと
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中国資本がやって来たからである。
灯台下の青い海はもうない。歴史も文化も景観もお構いなしに、中国が砂ぼこりを立てながら力ずくで埋め立て工事を進めている。かなり大きな中華街ができる予定だと聞いた。
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スリランカ(1)シギリアは48階2017/04/30

 3月最終週にスリランカへ行った。学生のお父さんが案内してくれることになり、日本語教師仲間二人と(それぞれ別の便で)コロンボへ飛んだ。
写真を貼り付けて、思い出したことを少し書こう。
 (帰りにバンコクに立ち寄って帰国した翌日から新年度が始まり、久しぶりに風邪を引き、娘が10日ほど一時滞在し、後片付けやプリント作りに追われているうちに連休開始となったわけだ。慌ただしい一ヶ月だったなあ。)

 到着した翌日、スニール氏がまず連れて行ってくれたのは、古都アヌラーダプラ
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 気温は33度、仏塔を囲む木立には猿の群れがいて、時々キーキー走り回っている。白い服の信者たちが大勢裸足で歩いて行くが、えーっ、ここでサンダルを脱げって?焼け石のような石畳の上をピョンピョン跳んで移動しながら、お参りいたしました。足裏真っ赤にヤケド。用意のいい同僚たちはちゃんと靴下持ってました。スニールさん「アチチのお寺、きっと忘れませんね」はい。
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ゴータマ・シッタルダがその下で悟りを得た菩提樹の小枝が運ばれ、ここに植樹されたというスリ・マハ菩提樹もあった。色鮮やかな涅槃仏はイルスムニア精舎に横たわっている。

 ツアー2日目の目的地はシギリアスニールさんも一緒に登ってくれるという。
外国人観光客たちはこの先の道で現地ガイドたちに次々と話しかけられ、登り道の途中で親切に手を引いてくれる(実は高額)ガイドをつい雇ってしまうらしい。
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力強い手に頼りたくなる気持ちがわからないでもない。
iPhoneアプリのヘルスケアによれば、この上り階段は48階分もあったのだ。ひい。
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幸いにも曇りの午前中だが、すでに気温は高い。長い石段の向こう、狭いスチール階段が岸壁にへばりつくように延々と続いている。汗を拭きながら麗しいシギリアレディを眺め、ライオン門で一息ついてさらに登り、1時間ほどかけて頂上に到達した。

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5世紀後半、アヌラーダプラを離れこの天空に王宮を建てたのは、孤独なカッサパ王だった。
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卒業式20172017/03/06

 Y校今年の卒業式が無事終了した。校舎移転から2年、学生が増え、舞台は溢れかえっている。客席にもほぼ同じ数の在校生がいて、立ったり座ったり笑ったり。アジア系7カ国、皆いつもと同じにぎやかさだ。はい、カメラを見てくださ〜い。
 ご卒業おめでとうございます。体に気をつけて、元気に活躍してね。

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