全く進歩しない英語2017/09/17

 去年の11月「世間が面白くない時は勉強」と決意したわりには緊張感なく、時々こんなテキストを引っ張り出していた。
 日本語指導レベルで考えると、ミネソタの大人向けESLクラス(移民のための夜間コース)でテキストとして指定された最初の一冊がN2レベルだろうか。つまり英検2級程度。このシリーズが気に入り、続編を使ってその後も気が向く度に(数ヶ月にほんの何日か)自習していた。そんなダラダラ学習だけど、長く続けているのだから多少は進歩しているかと思いきや、、N1レベル "Advanced Word Power" に至っては180ページ中意味のわかる単語など数えるほどしかないのだ。すっかり老人力がついてしまった。



 考えてみれば、日本語でさえ固有名詞はじめ幾多の言葉がじわじわ失われつつあるのだ。使わない英単語が脳細胞にしがみついていられるわけがない。
 であっても、英語勉強はなお楽しい。体のストレッチ同様、いつもと違う頭の部分を使う気持ちよさがある。課末の読解問題で時々取り上げられる人物エピソード、りんごの種を蒔いたジョニー・アップルシード、怪僧ラスプーチン、アンダーグラウンド鉄道のH.タブマンなども興味深かった。

 というわけで、進歩はしなくても細々とずっと続けるだろう。30歳の頃参加した渋谷BEの英会話サークルが思い浮かぶ。年代様々なメンバーの中に、現在のわたしよりもう少し年上の方々がいらした。確か大学の先生と銀行役員の奥様だった。みな仲良くなってランチをご一緒したりお宅に伺ったりした。60代のお二人が時折「全然覚えられないけど楽しいの」とおっしゃっていたっけ。
はい、お気持ちが今本当によくわかります。

見たい映画2本2017/09/03

 原画をのべ何百人ものアーティストが描いた"Loving Vincent"が、『ゴッホ~最期の手紙~』として公開されるらしい。制作過程をfacebookで見て、いつ完成するのか気になっていた。東京都美術館の「ボストン美術館の至宝展」案内に一部使われていたが、これが予告編のようだ。10月から六本木TOHOシネマズで公開、ちょっと遠いんですけど。


 behind the scenesはここ

 J.D.サリンジャーの"The Catcher In the Rye"執筆時期を描いた"Rebel In the Rye"、もちろんユージン・オニール(当時既にノーベル賞を受賞していた劇作家)の娘ウーナが出てくる。コロンビア大学の恩師役にケヴィン・スペイシー。カポーティも少しばかり登場するらしい。公開時期未定、早くしてくださ〜い。どんな邦題になるのか。


この先何を着る?2017/08/27

 広がったり縮んだり、長くなったり透けたりする日本の服の流行にちょっと疲れている。ほとんど追いかけないけど。
ミネソタの友達がみんな数年前と変わらないものを着ていたのに気づき、「あれでいいんだよね」と娘に言うと
「それはミネソタが田舎だからだよ」とあっさり。
そうかな。でももう変わらずにいたい。簡易版断捨離で衣類を整理しながら、つくづくそう思う。まあ、年齢のせいではあります。

 本棚の奥にあった古いチープ・シック。これも40年前のものだが、着ることの基本を教えてくれた。最近また蔦屋書店に平積みされているようだ。
Pinterest で時折見ているリンダ・ライトさん(パリ在住のショップ・オーナー。ラルフ・ローレンに勤務していた)と Accidental Icon のリン・スレーターさん(NYの大学教授)、60代の二人が気負わず自然で何ともかっこいい。見とれております。


アメリカの家のスタイル2017/08/14

 プレーリー建築を調べる時、ずいぶん前に入手した本が役立った。『フィールド・ガイド』にはネイティヴ・アメリカンのテント tipi や、鉄道が走る以前大草原に建てられた一部屋だけのログ・キャビン、ローラたち家族も住んだ dugout( 半分土手に埋まっている、塹壕様式?!)、サンタフェで見たアドビの家などの説明もある。シャーロッツビルにあるT.ジェファーソンのモンティチェロ、ホワイトハウスにも取り入れられたギリシャ・リバイバル様式、ゴシックやチューダー、スペイン風ミッション様式、そしてもちろんプレーリーなど、パラパラめくっているうちに半日が過ぎてしまった。すぐ忘れちゃうけど。
 『ハウス・スタイル』はカラー写真が美しい。クイーン・アン様式(ヴィクトリアン)の家々が並んだサウス・カロライナのチャールストンやニュージャージー州のケープ・メイを思い出した。ケープ・メイは5年前のハリケーン・サンディの被害から立ち直っただろうか。


肩パッド外し2017/08/10

 「肩パッド外し」という言葉のリズムが「騎士団長殺し」に似ていると思いながら、古いジャケットの裏地を剥がした。右側から出てきた分厚いパッドは2枚、肩の縫い目の上下をがっちり補強していた。さすが80年代。ボン・ジョヴィの歌が聞こえそう。you give love a bad name...🎵
llbean80

 この古いジャケットは、30年ほど前ネットショッピングなど想像できなかった時代に、L.L.BeanのUS通信販売カタログを取り寄せて注文したものだ。何年もクローゼットの奥に眠っていたのを、ライト断捨離中に掘り出した。形が変なのは、明らかに堂々と張り出した肩のせいだ。資源ゴミに出すか古着引取りカウンターに持っていくか、しばらく迷ったが、手放すには忍びない。かと言って、リペアショップに肩バッド外しを頼めば少なくとも数千円はかかってしまう。そんな余裕ございませんわ。いっそのこと自力で直してみようと、手仕事を開始した。

 真夏の部屋で文字通り汗水たらし、足掛け3日で肩幅狭いジャケット完成。やみくもに裾と袖の裏地までほどいたので、余計に時間がかかったのだ。不要な作業だったね。でも縫い直したのは裏地だから、不器用さも目立たない。アクロンでザブザブ大胆に水洗いして、柔軟剤仕上げをした。Y校の夏休みを有効に使ったなあ(と自己満足)。実はもう一着あるんですが。

迷い込んだ家(プレーリー・ホーム)2017/07/23

 アイオワ州のメイソンシティでフランク・ロイド・ライト設計の Stockman House を探している時、2ブロックほど手前の角に似たような造りの家を見つけた。Google Mapのナビはまだ先を示していたものの、いつもの早とちりで「あー、あった」と道路ぎわに車を止め敷地に入り込んだのがこの家だ。
後で調べて判ったことだが、そこは(無名の)サミュエル・デイヴィス・ドレイク邸だった。中西部に数多く建てられたプレーリー派建築の一つだ。

drakehouse

 博物館にしては荒れた建物だとすぐ気づきそうなものなのに、"hello, hello."と言いながら裏まで回って無人の家のドアを叩いたのは(普段と全く違う大胆な)旅行人格によるものとしよう。本物のストックマン・ハウスを見つけた後(ただし既に閉館時間)、 Historic Park Inn に入って持ち帰ったリーフレットに気になる説明があった。メイソン市には他にもプレーリー派の家々が幾つもあるらしいのだ。
 検索してゆくと、プレーリー派建築を訪ねる旅サイトThe Prairie School Traveler に辿り着いた。2005年から12年にかけてパニング氏 J.A.Panning が協力者と共に集めた、プレーリー派関連の膨大な資料サイトだ。そしてそのデータの中に、旅先で迷い込んだ家があったというわけだ。

 上記PST「プレーリー派の家を巡る旅行サイト」(現存する家の索引)にはアメリカ39州と海外6カ国の建物地図と詳細リンクがあり、日本をクリックすればフランク・ロイド・ライトの助手として帝国ホテルの建築に関わったアントニン・レイモンドの設計リストが現れる。できれば、遠藤新氏の自由学園明日館ヨドコウ迎賓館なども付け加えたいところだ。

 ドレイク邸発見の経緯:
PSTアイオワ州索引には200を超える建物リストが並んでいる。そして、特に数の多いメイソン市には地図リンクが張られている。
masonmap

西のインターステート35N線からこの地区に入り込み、どこをどう通ったのか、6月24日の午後を思い出しながら地図を移動して行くと、お、見事的中!
PSTdrakehouse

 Stockman Houseの資料には建築家 Einar Broaten の解説もあり、幸運なことに彼の作品例としてこの家が取り上げられていた。
教師、電報技師、駅職員として働いたドレイク氏がここに土地を購入したのは1915年のこと。建築にまつわる話には、さらに他のプレーリー派建築家名が書かれている。Walter Burley Griffin, Barry Byrne, ...
広大な中西部に文字通り水平に広がったプレーリー派について、もう少し読み解いてみるとしよう。よく知られた建築家リストは以下のページに。

トランプ時代の、でも変わらないミネソタ(第16次遠征隊#4)2017/07/15

 去年の大統領選で周囲は全部共和党の赤で埋め尽くされたけれど、ミネソタ州は毅然と青い民主党色を誇っていた。友達は皆どんな思いで暮らしているんだろう。とは言え、外国人が無神経に政治の話を口にするものではない。ゆめゆめうかつに話題にしないようにしよう。出発前そう自分に言い聞かせていた。
 ところが、ブランチのテーブルで、夕食後にリキュール飲みながら、どこかからポロンとその名前が出ると、すごい勢いで皆が思いのたけを話し始めるのだ。胸の悪くなるようなニュースが続き、見たくも聞きたくもないが、彼が大統領なのだ。堪えるしかない。でも出口は探したい。

 ミネソタ州は美しい所だ。変わらない風景に気持ちが和む。一番美しいのは秋の紅葉だろうか。でも春も夏もよい。恐ろしく寒い冬も楽しい。

 友達のキャビンからほんの5分走れば、カスケード川州立公園がある。滝を見に、短いトレッキングコースを歩いた。ルピナスの群生地もすぐ近くだ。
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 湖にボートを出して釣りをしたり(釣れないので魚屋へ)、夫たちは(ボールがいくつ無くなるかを競う)ゴルフに出かけたり、グランマレーのギャラリーを回ったりして、よく話しよく笑い、3日間は瞬く間に過ぎてしまった。

 ミネアポリスへの帰り道、州のシンボルでもあるスプリットロック灯台を見に行った。あいにくの霧雨だったが、灯台好きには外せない。
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 帰国前日、スーザンたちとミネハハ滝近くのレストランに出かけた。Minnehahaはロングフェロー作「ハイアワサの歌」に登場するダコタ族の恋人の名前だ。ミネトンカ湖などから続く滝の水は、少し先でミシシッピ川へ流れ込んでゆく。
 ミネソタへは遅くても4年後にまた行くだろう。大統領は変わり(至極当然!)変わることのない風景と友達が待っているのだ。

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今回の走行距離 766マイル、約1,225km(6/23-30)