NYデビュー100年のG.オキーフ回顧展2016/07/24

ジョージア・オキーフ Georgia O'Keeffeの短い動画を見つけた。



NYデビューからちょうど100年の回顧展のようだ。ロンドンのテート・モダンで、10月30日まで。けっこう遠い。行ったことはないが。
TATE MODERN EXHIBITION GEORGIA O’KEEFFE
泰然、超然というより、やはり毅然だろうか。芯が強く揺るがない。

まだブランケットの話2016/07/16

 19世紀のイギリスから送られた大量のポイント・ブランケット写真を見ると、その背景にもちろん18世紀半ばからの産業革命があったことを思い出す。機械化でまず綿織物が発達したのは大西洋の三角貿易によるもので、毛織物が工業化されるのは18世紀末になってからだ。先住民族との毛皮交易 fur trading に、記憶の中で断片になっていたヨーロッパ史が繋がっていく。
ポイント・ブランケット研究のこんなサイトもあった。The Point Blanket Site
写真はハドソンベイ・カンパニーのサイトから
pointbbunch

  ウールリッチ Woolrich は1830年イギリス移民のジョン・リッチがペンシルヴァニアに作った毛織会社であり、ペンドルトン Pendleton はイギリスの毛織技師トーマス・ケイが1863年にオレゴンで始めた会社だ。
それらの大きな会社以外にも、woolen mill と呼ばれる毛織物工場が各地にある。

 わたしの知る限りでは、ミネソタ州のベミジが有名だ。Bemidji Woolen Mills はポール・バニヤンと青い牛ベイブで知られるベミジの町で、1920年に創業された。木こり lumberjack が着る赤黒チェックのウールシャツと聞けば、あ、あれ?とイメージが浮かぶだろう。そう、それです。
memidji

 また、同じミネソタ州にはファリボールト Falibault Woolen Mill もある。南北戦争が終わった1865年にドイツ移民が(馬力の、ってどういう仕組みなのか想像できない)小さな毛織工場を作り、川沿いの水力利用工場を経て1892年「新工場」機械が導入されたそこでは今でも高品質のウール毛布や、軍隊用の丈夫な毛布が生産されている。地味だが、アメリカ中西部らしい質実剛健なミルだ

 旅先で woolen mill を見かけたこともある。ずいぶん前だが、カナダのプリンスエドワード島で小さな MacAusland's Woolen Mill に入ってみた。マコースランド MacAusland はスコットランド移民だろうか。1870年に製材所を始め、1900年頃から毛糸を1930年代から毛布を作っているという。こちらも年季の入った織機が堅実に、暖かく柔らかい毛布を作り続けていた。

 土地の作り出すものはそこで暮らしていた人々に代々受け継がれた文化を語ってくれるから、旅行は楽しいのだと思う。
 布類と言えば、プエブロ族の村チマヨの人々が織るラグ類や、モン族の刺繍布、サンプルの10cm角だけ買って額に入れたトルコ絨毯、瀕死のヴィネトウが肩にかけていたサルティヨ毛布(カール・マイの冒険小説)などもあった。サルティヨ毛布って何?と思ったら、よく見かけるメキシコっぽい明るい色合いのストライプ毛布でした。そして、きっと憧れのまま終わるであろうナバホ族の美しい手織りラグ、、、
これからもいろいろなものに出会い、ため息をつくんだろうなあ。

ハドソンベイの毛布(第15次遠征隊おまけ)2016/07/15

 春に見た『レヴェナント』と『ハドソン湾クエスト』から、マウンテンマン、トラッパー、ヴォエジャー、ポーテージ、ペミカンなど気になるキーワードについて読み散らかし、旅先のヴィクトリアで関連項目を見つけて喜んでいたわけだが、何のことはない、バンクーバー空港出発30分前、ゲートのすぐ横に Hudson's Bay Company Trading Post なる店を見つけた。あら、こんなに有名な店だとは。

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 店内モニターが、会社の歴史画像を次々と映し出している。アジア系の店員さんに断って写真を撮らせてもらった。どの映像も興味深く20枚ほど撮っていると「本もあるけど」とカウンターの上に、大きな本をドンと置いてくれた。お礼を言って、せっせ、せっせと写真をさらに20枚ほど。
一番目を引いたのがこのページだ。

hudsonbaymap
 イラスト地図に、先住民 First Nations とハドソンベイ・カンパニーとの交易の様子がわかりやすく描かれている。HBCはチャールズ二世の勅許状を得て、1670年に設立された。トレーディング・ポストが極寒カナダの土地に広がっている。

 そしてこんなページもあった。HBCのブランケットでできたコートを着て馬に乗るFirst Nationsだ。毛布は白地に緑、赤、黄色、黒のストライプが入っている。空港の店内には同じストライプの、毛布だけではないセーター、トートバッグ、マグカップ、帽子などがたくさん並んでいた。
trading

 その後調べたこと:
 先住民がビーバーの毛皮と交換したものの一つが良質な毛布だった。注文を受けてストライプの毛布を初めて作ったのはイギリス、オクスフォードシャーの毛織業者トーマス・エンプソン、1789年のことだった。ストライプ毛布の人気は高く、毛皮との交換ポイント・システムが作られた。横に小さくつけられた黒い線の数でビーバーの毛皮との交換レートが決まるというものだ。例えば黒線3本なら毛皮3枚と交換された。毛布は縮みを考慮し2倍の大きさで織られてから圧縮され、厳しい冬の寒さにも十分に耐える質の高いものだった。
 その伝統は今も受け継がれ、カナダのアイコン的存在になっている。現在製造しているのはイギリスの AW Hainsworth だが、アメリカの WoolrichLLBean などでもライセンス生産され、また Pendleton も同じパターンのストライプ毛布(Gracier National Park Blanket 国立公園シリーズの一つ)を作っている。

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参考:
The Canadian Encyclopedia Hudson's Bay Company

ヴィクトリア1日ツアー(第15次遠征隊#6)2016/07/10

 州都ヴィクトリアに行く方法はいろいろあるが、出発前、現地ツアーに申し込むことにした。検討して選んだのは往路が水上飛行機、復路はフェリーというもの。
 水上飛行機 seaplane のターミナルは、バンクーバー港に面したカナダ・プレイスにある。予約メール(体重を自己申告)のプリントだけで大丈夫?とやや不安だったが、個人参加型のツアー内容はきちんと伝達されており、搭乗券と帰りのフェリー券入り封筒を渡された。さあ、出発だ。

seaplane

 しばらくすると、灯台が見えてきた!Lights by Map によるとウエスト・バンクーバーの Point Atkinson 灯台らしい(帰りのフェリーはガルフ諸島の Portlock Point 灯台付近を通過した)。海が美しい。島が美しい。
バンクーバーは曇りだったが、ヴィクトリアに近づくにつれていいお天気になった。
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 インナーハーバー到着後、ロイヤルBCミュージアムブリティッシュ・コロンビア州の歴史や First Nations についての充実した展示を見た。IMAXシアターのムービー "Living in the Age of Airplanes"も。ハリソン・フォードのナレーションが渋い(リンク先に素敵な予告編あります)。
それから街歩き。18世紀半ば、この Bastion Square ヴィクトリア砦の中心であり、ハドソンベイ・カンパニーの本社が置かれていたという。入り口に歴史資料がポツンと立っていた。
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 ヴィクトリアからのバスがそのまま、北のスワーツ湾でフェリーに乗り込む。乗客は船室でバンクーバー南のフェリーターミナルまでの時間を過ごす。着岸すると再びバスに乗り、バンクーバー中心部まで帰りは計約3時間。
正味滞在時間の短いツアーのため、有名なブッチャートガーデンには行けなかった(花より博物館)。州議事堂やエミリー・カーの家も時間切れだ。シアトルからのツアーもあるそうだし、またいつかね。
ferry

バンクーバーの楽しみは(第15次遠征隊#5)2016/07/09

 旅の後半は初めてのバンクーバーだ。ブリティッシュ・コロンビア大学 UBC の人類学博物館、スタンレーパークのサイクリング、ギャスタウン、グランビル・アイランドなどを楽しみにしていた。小雨が降ったり、バスを乗り間違えたりしたが、ヴィクトリア1日ツアーも含めて、充実した4日間だった。
 バンクーバー美術館ではピカソ展が開かれていた。従来の時代区分ではなく、ピカソが関わった女性たちをテーマしたもので興味深かった。改装中のフロアもあり、カナダの先住民 First Nations と強い繋がりを持つエミリー・カーが見られなかったのはちょっと残念。宿題としよう。
街ではジャズ・フェスティバルも開催中で、迫力あるボーカルやギターを中心部の広場で聴くことができた。
 旅行では、食べ物・飲み物もおろそかにできない。せっかく行くからには、高級じゃなくても、その土地のものを試さなくちゃね。ワイオミングにはバッファロー・バーガーやハックルベリー・アイスクリームがあったが、ここではカナダ名物プーティン、ジャパドック噂の大根おろしドッグ、やっぱり薄い Tim Hortons のコーヒー、シーフード、fish & chipsなどを味わった。けっこうジャンク。

 ホテル1階のアイリッシュパブは、ユーロサッカー観戦で連日大騒ぎだった。
comfortinn

 ひとつひとつゆっくり眺めたい、UBC人類学博物館。ハイダ族、ヌートカ族、クワクワカ'ワク族、、太平洋沿岸部の先住民資料をまとめようと思っている。
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 観光客が蒸気時計を取り囲んでいる、ギャスタウン
gastown

 いい声だなあ、お名前はまだ調べてません。
jazzfes

 スタンレーパーク入口近くに貸し自転車屋が並んでいる。ここは3−5時間18ドル、ヘルメット付き。
bicycle

 走り始めて数分の所有名スポット、トーテムポール群。
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 灯台好き、喜ぶ。Brockton Point Lighthouse
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 約2時間で公園をぐるりと一周後、イングリッシュベイのイヌクシュクまで足を伸ばした。古代イヌイット文化の石積みがバンクーバー・オリンピックのシンボルとして使われ、今では友好や歓迎を意味するものになった。
inukshuk

ジャクソン・ホールの町など(第15次遠征隊#4)2016/07/08

 ジャクソン・ホールの中心は、四隅にエルクの角で造られたゲートのあるタウンスクエアだ。町の近くにはエルクの保護区があり、角は生え変わる時に落ちたものが使われている。ボーイスカウトが角集めの手伝いをするという説明もあった。
townsquare

 町そのものは盆地にあり、スクエアの周囲に昔のままの西部らしい町が縦横に10ブロックほど広がっている。背の高い建物はなく、ショップやレストラン、バー、ホテルも2階まで。観光用の馬車がのんびり歩いていく。
jacksonhorse

 スクエア横では毎日夕方にガンマン・ショー Shootout が行われる。Old West 荒くれ者に正義が勝つ、古き良き時代のショーだ。
jacksonshoot


 ところで、5月に見たハドソン湾クエストの携行食品ペミカン pemmican が気になり、アウトドアショップへ探しに行ってみた。
「全く聞いたことない」という女性店員。キャンプ好きらしい男性店員が「古い食べ物だよね。一度食べてみたけどまずかったよ」
最近カヌートリップやトレッキングに携行するのは、この棚にあるような乾燥した高カロリー食だとのこと。「これらはどれも美味しい」
outdoorshop
notpemmican


 今回借りたのは、韓国車KIAの白いコンパクトカーだった。なぜがナンバープレートなし。車に登録手続き中の用紙さえ貼ってあればOKなんだそうだ。
標高2,500mほどに位置し、山あり谷あり草原あり、湖や滝もある予想外に上り下りのきついイエローストーンでは、やや非力なKIAだった。
 数年前まで日本車が多かったアメリカ国内のレンタカー業界に、じわじわ韓国車が増えているようだ。国産車GMやフォード、シボレーの割合も多い。日本車は個人所有が多いのかもしれない。まあ、希望的に言えば。
kia

 早朝5時、5日間借りたKIAを市内の営業所に返し(今回の走行距離は900kmほど)、レンタカー会社のシャトルバスで空港へ送ってもらった。
手前に写っているのは現在の軽量強化プラスチック・スーツケース、去年突然内部崩壊した(フレームがバラバラに)10年使用のソフト型を買い換えたもの。
rentashuttle

 朝日を浴びたティトン連山も美しい。
tetonmorning

イエローストーン!!(第15次遠征隊#3)2016/07/03

 とは言え、さすがのイエローストーン。世界最古の国立公園は、広さといい景観の多種多様さといい圧倒的だった8の字の道路を右回り左回りに走ったが(ループは一周200km)、2日半で回れるのはごく一部だ。写真を何枚か置いておこう。グランドティトンとの共通料金は車1台につき50ドル(1週間有効)

 大陸分水嶺のイサ湖で水に手を浸してみた。その小さな池を境に、東側の川は大西洋に、西側の川は太平洋に注ぐのだそうだ。ニューオリンズでミシシッピ川河口の水に手を入れたのは、確か6年前だ。
continentaldivide

 最大の見どころオールドフェイスフル・ガイザーに、いいタイミングで到着した。
忠実なる間欠泉が、予定通りの時刻に蒸気と熱水を高く噴き上げる。ガイザーの周囲には、世界中からやって来た数百人の観光客が集まっているのだ。おお〜
oldfaithful

 オールドフェイスフル地区の端にあるモーニンググローリーまで、遊歩道沿いにたくさんの温水池とガイザーが点在している。友人テルテルは熊除け鈴をしゃんしゃん鳴らしながら歩いた。
morninggroly

 滝もある。キャニオン地区のロワー滝は高さ94m、深い渓谷にイエローストーン川が流れている。
lowerfall

  マンモス・ホット・スプリングスのテラス、温泉の石灰成分が長い時間をかけて段々の造形物を作った。ビジターセンターには、20世紀初頭の女性たちがレースの日傘をさし長いドレスを着て、段々テラスに並んでいる写真があった。
21世紀の中年アジア人は、この旅行用に買ったLLBeanのトラベルベストを着ていた。ポケットが多過ぎて、どこに何を入れたのか分からなくなるんだが。
mammmoth

 熊とエルク、ムース、鹿、そしてバッファローに遭遇した。反対車線でバッファローが車を先導している。わ、どうする、、、ゆっくり横を通り過ぎた。
buffalo


 イエローストーンがあるのは、ワイオミング州の北西部だ。モンタナ州にあるウエストイエローストーンの町とその先の州境まで足を伸ばした。
以前通ったけど自分では運転しなかったため数に入れていなかったモンタナ州にチェック。アイダホ州にもチェック。これで計46州走ったことになる。たった10mでごめんね、アイダホ。
montana

idaho