塩屋崎灯台20192019/12/31

 
 
 

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 前回ここを訪ねたのは2012年の10月、震災後の復旧工事がまだほとんど手付かずだった時期だ。それから7年、灯台への階段は美しく整備されており、高さ190mの小高い岬を登った。灯台の上まではさらに103段のらせん階段だ。ぐるぐる、ふうふう。高い所があればいつも上まで行きたいと思うが、謙遜でなく冗談でなくそのうち登れなくなるのだろうと、しみじみ、じわじわ、ひしひし、思い至る。まあ、登れるうちに登りましょ。旅行もそう、行けるうちに行かなくちゃね。
 冷たい風に吹かれて太平洋を見晴らした。沖には白い船が一隻、流れる飛行機雲、遠い三日月、
2019年が過ぎていった。

そうだ京都の紅葉2019/12/15

 
 
 2週間前の週末に京都へ行った。2泊3日で13寺(お寺の助数詞は〜寺、〜山らしい)と言うと「へえ、よく歩きましたね」と呆れられるが、美しい紅葉に夢中になり一人むやみに歩き続けてしまったのだ。
どのお寺も心を動かす素晴らしい風景だった。人混みは東京駅並みだし、国内外からの無遠慮な観光客も少なくなかったけれど。
いつか行きたいと思っていた秋の京都、数えてみれば京都行き自体30数年ぶりだ。大きな課題を達成したような気持ちで、繰り返し写真を眺めている。

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 まず、洛北の蓮華寺。出発前、この地の大学に通った中学の同級生Y君が推薦してくれた。書院の奥から見る色鮮やかな庭は額縁の絵のようだ。初日は叡山鉄道沿いに圓光寺、詩仙堂を回り、

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 夕暮れの金福寺へやって来た。これは与謝蕪村が再建した芭蕉庵だ。
裏山に登ると蕪村のお墓があった。大らかなリズムを近代のように感じていたが(と言うより何もかも忘れかけている国語史)、江戸の人だった。覚えていたのは有名な二句だけ。
 春の海終日のたりのたりかな
 葉の花や月は東に日は西に

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 2日目は嵯峨野と嵐山。平家物語の祇王寺はつつましやかだ。
清涼寺の国宝釈迦如来の面差しは、ミャンマーの穏やかなブッダ像を思い出させた。二尊院でしあわせの鐘を思い切りゴーン!とつき、石段を登って町を見下ろした。高い所があれば登ろう、足腰の立つうちにと、常寂光寺の多宝堂の上や嵐山公園の展望台まで歩を進めた。
天龍寺の美しい林を散策後、嵐電で北野天満宮のライトアップもみじ苑へ。そこから五条のホテルに戻るつもりだったが、よく確かめず反対方向のバスに乗り終点立命館大前で降ろされた。しみじみと日本文化に浸っていたのに、どこへ行ってもうっかり者だ。

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 最終日は王道の金閣寺からきぬかけの路を歩いて、龍安寺と仁和寺。
龍安寺は高校の修学旅行以来だ。記憶にない石庭の外の広い庭園鏡容池を巡る路の木々も美しかった。
仁和寺ではちょうど観音堂内部が特別公開されていた。ご本尊の千手観音像や障壁画、三十三観音菩薩、日光の二荒山に通じる興味深い解説を聞いた。

 満員電車のような錦市場に足を伸ばし、予約済みのレストランで遅めのランチ。お土産を買って、夕方の新幹線に乗れば、8時過ぎには東京に帰れる。JR東海のCMそのままだが、「そうだ京都」行ってよかった。

映画ハリエットとアレサ2019/11/02

 授業準備が終わった深夜、FB経由でトレバー・ノアの「ザ・デイリー・ショー」とスティーヴン・コルベアの「ザ・レイト・ショー」にアクセスする。
南アフリカ出身のトレバーは外側から天衣無縫にアメリカ社会に斬り込み、率直なトークが矛盾をあぶり出していく。内側にいるスティーヴンは、巧みなひねりでフラストレーションを笑いに変える。

 昨夜見たレイト・ショーのゲストは、映画『ハリエット』主役のシンシア・エリヴォだった。20ドル紙幣はどうなるんだろうという話も出た。この後アレサ・フランクリンの映画に主演するとのことだ。ケネディ・センター名誉賞授賞式でのアレサ画像が温かい。
 そしてシンシアのすばらしい歌声、スティーヴンと一緒に涙してください。


 レイト・ショーの音楽ディレクター、ジョン・バティステも豊かな才能の持ち主だ。グリニッジ・ヴィレッジに聴きに行きたいものです。

2019年秋の教室2019/10/26

 
 

 課末テスト中のY校、研究クラス
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 ケータイが生活の必需品になって10年、留学生たちも肌身離さずスマホを持ち歩いている。授業中に言葉の意味を調べるなど便利ではあるが、こっそりゲームやSNSに興じる者もいなくはない。使用をどの程度自主性に任せるのか、授業中は一切使用禁止したほうがいいのではないか、、検討されつつも結論は出ないまま過ぎている。
 が、アジア系のY校今学期からのルールがこれ。
「テスト中はケータイを預けよう」
教務の先生方が考案したボックスを使うことになった。
2年ほど前、AirDropでテストの正解を配布した再履修の学生がいたっけ。解答ファイルはたまたまAirDropをONにしていたわたしにも届き、思わず吹き出したものだ。その労力を勉強に使いたいよね。

 ここ最近、中上級以上のクラスを教えることが多くなった。日本語能力試験JLPTのN1、N2文法や、大学進学を目指す学生の日本留学試験EJU試験対策を担当している。首都圏だけでなく地方の大学も留学生を積極的に受け入れるようになり選択の幅は広がったが、増え続ける学生数にどの大学の倍率も高い。大学入試には日本語だけでなく、一通り勉強しなくては解けないレベルの総合科目の試験もあって、日本語学校だけでなく塾に通う学生も少なくない。受験シーズン開始の秋だ。しっかり取り組んで、明るく卒業できますように。

9月のミャンマー2019/10/14

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 先月半ば、ミャンマーのヤンゴンと、今年7月世界遺産に登録されたばかりの古都バガンへ行ってきた。日本語学校には数年前からミャンマー人の学生がおり、真面目に勉強を続けている。個人的な感想だが、ミャンマーにはベトナム、ネパール、スリランカ、タイの出身者と比べて、地味な努力家が多いように思う。
また、スーチーさんに関するニュースやロヒンギャ問題を見聞きするにつけ、統制の厳しい薄暗い国のような印象を持っていた。けれど、出かけてみれば、明るく素朴な仏教国なのだった。

 ヤンゴンで最も大きいシュエダゴン・パゴダでは、誕生曜日の神様にお参りする。
ここは水曜の午後、牙のない象。年齢に1を加えた回数だけ水をかけるってなかなか大変、、ちょいと飛ばしちゃおう。
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 チャウタッジー・パゴダの寝釈迦仏は穏やかなお顔
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 帰国している卒業生たちに、典型的なミャンマー料理の店へ連れて行ってもらった。初めての野菜、初めての味、苦い、辛い、おいしい。
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 バガンへの移動はプロペラ機
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 アーナンダ寺院
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 ニャウンウー市場
女性たちは顔に白くタナカ(木の樹液)を塗っている。
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 内部のフレスコ画が美しいスマラニ寺院、
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 最も高い仏塔はタビュニ寺院
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 ビューイングタワーからの眺めは息をのむ美しさだった。
遠くまで立ち並ぶ仏塔の数は3,288。大きなものは王様や権力者から、小さなものは平民によって寄進されたという。11世紀からの王朝の歴史と仏塔にまつわる物語、馬車で巡る村と遺跡群、牛ガエルの大合唱、、忘れられない(いつもそう、でも細部は忘れちゃう)旅になった。
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映画「ハリエット」2019/08/27

 日本上映は未定だが、アメリカでは11月に映画「ハリエット」が公開されるようだ。
IMDb インターネット・ムービーデータベース Harriet



 見たい!何とか見られないものか。とない知恵を絞っているが、今のところ手段は見当たらない。しくしく、、、
 ハリエット・タブマンは幾度も死を賭して、希望のない土地から大勢の人々を救い出した。アンダーグラウンド・レイルロードを含む彼女の物語はどの本を読んでも(絵本でさえ)、心を動かすものだった。
恐らく紙幣発行(予定)に合わせた映画製作のはずだから、公開への期待感は大きく削がれてしまったかもしれない。が、根源的な力強さに変わりはない。どんな映画になったのだろうか。
 小柄なハリエットを演じているシンシア・エリヴォはイギリス出身、カラーパープルでトニー賞を受賞した女優だそうだ。オプラ・マガジンに記事をひとつ見つけた。

Oprah Magazine Color Purple Vet Cynthia Erivo Says Harriet Tubman "Means the World to Me"

機内誌のポー特集2019/08/16

 取り立てて予定のないお盆休み、今月の大韓航空機内誌には何が載っているんだろう?と暇に飽かして開いた Beyond 8月号はエドガー・アランポー特集だった。わ!

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 まずエディターズ・ノートが、大鴉"Nevermore”の詩人ポーを文学世界のパイオニアとして紹介する。続いて20ページにわたり、その文学的遺産が様々な角度から解説されていた。
ジョイス・キャロル・オーツ曰く
「一体、ポーに影響を受けなかった文学者などいるのだろうか」
コナン・ドイル,レイモンド・チャンドラー、ジョン・ル・カレ、そして江戸川乱歩、マラルメ、ヴェルレーヌ、ドストエフスキー、さらには音楽界のドビュッシー、ラフマニノフ、ビートルズ(I Am the Walrus)、グリーンデイへの言及もあった。

 ヴァージニア大学に入学したものの養父からの学費が足りずギャンブルに手を出したポーは、結局多大の借金を抱える羽目になり、養父から縁を切られてしまった。困窮し叔母を頼って移り住んだボルチモアで、年若いヴァージニアと結婚したその後数年、借金取りから逃れるため次々と移り住んだ家で、片手に酒瓶、片手にペンを持ち、「アッシャー家の崩壊」黄金虫」「モルグ街の殺人」などの名短編を書き上げたのだという。原稿料はわずかであり、その後もポーが生活苦から抜け出すことは生涯なかった。

 機内誌Beyondの文化度は高い。去年の春利用した便で特集「レイモンド・カーヴァー」に感心し、今年3月号の「バウハウス」特集は持ち帰らせていただいた。
まだ読んでいないが、1月号「セザンヌ」、7月号「ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ」も要保存だ。

 JALやANAの機内誌もネット上、または指定のオンライン書店で閲覧/購入ができる。ただ正直なところ旅行情報が中心で、Korean Airほど読み応えのある記事はほとんど掲載されていないようだ。
 不安定な日韓情勢に戸惑う今日この頃。でも、政治を離れれば、同じように文学や美術を心の糧として暮らす人々がいる。こうした穏やかな共感が揺らぐことはないのだと思う。