トランプ時代の、でも変わらないミネソタ(第16次遠征隊#4)2017/07/15

 去年の大統領選で周囲は全部共和党の赤で埋め尽くされたけれど、ミネソタ州は毅然と青い民主党色を誇っていた。友達は皆どんな思いで暮らしているんだろう。とは言え、外国人が無神経に政治の話を口にするものではない。ゆめゆめうかつに話題にしないようにしよう。出発前そう自分に言い聞かせていた。
 ところが、ブランチのテーブルで、夕食後にリキュール飲みながら、どこかからポロンとその名前が出ると、すごい勢いで皆が思いのたけを話し始めるのだ。胸の悪くなるようなニュースが続き、見たくも聞きたくもないが、彼が大統領なのだ。堪えるしかない。でも出口は探したい。

 ミネソタ州は美しい所だ。変わらない風景に気持ちが和む。一番美しいのは秋の紅葉だろうか。でも春も夏もよい。恐ろしく寒い冬も楽しい。

 友達のキャビンからほんの5分走れば、カスケード川州立公園がある。滝を見に、短いトレッキングコースを歩いた。ルピナスの群生地もすぐ近くだ。
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 湖にボートを出して釣りをしたり(釣れないので魚屋へ)、夫たちは(ボールがいくつ無くなるかを競う)ゴルフに出かけたり、グランマレーのギャラリーを回ったりして、よく話しよく笑い、3日間は瞬く間に過ぎてしまった。

 ミネアポリスへの帰り道、州のシンボルでもあるスプリットロック灯台を見に行った。あいにくの霧雨だったが、灯台好きには外せない。
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 帰国前日、スーザンたちとミネハハ滝近くのレストランに出かけた。Minnehahaはロングフェロー作「ハイアワサの歌」に登場するダコタ族の恋人の名前だ。ミネトンカ湖などから続く滝の水は、少し先でミシシッピ川へ流れ込んでゆく。
 ミネソタへは遅くても4年後にまた行くだろう。大統領は変わり(至極当然!)変わることのない風景と友達が待っているのだ。

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今回の走行距離 766マイル、約1,225km(6/23-30)

ヴィクトリア1日ツアー(第15次遠征隊#6)2016/07/10

 州都ヴィクトリアに行く方法はいろいろあるが、出発前、現地ツアーに申し込むことにした。検討して選んだのは往路が水上飛行機、復路はフェリーというもの。
 水上飛行機 seaplane のターミナルは、バンクーバー港に面したカナダ・プレイスにある。予約メール(体重を自己申告)のプリントだけで大丈夫?とやや不安だったが、個人参加型のツアー内容はきちんと伝達されており、搭乗券と帰りのフェリー券入り封筒を渡された。さあ、出発だ。

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 しばらくすると、灯台が見えてきた!Lights by Map によるとウエスト・バンクーバーの Point Atkinson 灯台らしい(帰りのフェリーはガルフ諸島の Portlock Point 灯台付近を通過した)。海が美しい。島が美しい。
バンクーバーは曇りだったが、ヴィクトリアに近づくにつれていいお天気になった。
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 インナーハーバー到着後、ロイヤルBCミュージアムブリティッシュ・コロンビア州の歴史や First Nations についての充実した展示を見た。IMAXシアターのムービー "Living in the Age of Airplanes"も。ハリソン・フォードのナレーションが渋い(リンク先に素敵な予告編あります)。
それから街歩き。18世紀半ば、この Bastion Square ヴィクトリア砦の中心であり、ハドソンベイ・カンパニーの本社が置かれていたという。入り口に歴史資料がポツンと立っていた。
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 ヴィクトリアからのバスがそのまま、北のスワーツ湾でフェリーに乗り込む。乗客は船室でバンクーバー南のフェリーターミナルまでの時間を過ごす。着岸すると再びバスに乗り、バンクーバー中心部まで帰りは計約3時間。
正味滞在時間の短いツアーのため、有名なブッチャートガーデンには行けなかった(花より博物館)。州議事堂やエミリー・カーの家も時間切れだ。シアトルからのツアーもあるそうだし、またいつかね。
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バンクーバーの楽しみは(第15次遠征隊#5)2016/07/09

 旅の後半は初めてのバンクーバーだ。ブリティッシュ・コロンビア大学 UBC の人類学博物館、スタンレーパークのサイクリング、ギャスタウン、グランビル・アイランドなどを楽しみにしていた。小雨が降ったり、バスを乗り間違えたりしたが、ヴィクトリア1日ツアーも含めて、充実した4日間だった。
 バンクーバー美術館ではピカソ展が開かれていた。従来の時代区分ではなく、ピカソが関わった女性たちをテーマしたもので興味深かった。改装中のフロアもあり、カナダの先住民 First Nations と強い繋がりを持つエミリー・カーが見られなかったのはちょっと残念。宿題としよう。
街ではジャズ・フェスティバルも開催中で、迫力あるボーカルやギターを中心部の広場で聴くことができた。
 旅行では、食べ物・飲み物もおろそかにできない。せっかく行くからには、高級じゃなくても、その土地のものを試さなくちゃね。ワイオミングにはバッファロー・バーガーやハックルベリー・アイスクリームがあったが、ここではカナダ名物プーティン、ジャパドック噂の大根おろしドッグ、やっぱり薄い Tim Hortons のコーヒー、シーフード、fish & chipsなどを味わった。けっこうジャンク。

 ホテル1階のアイリッシュパブは、ユーロサッカー観戦で連日大騒ぎだった。
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 ひとつひとつゆっくり眺めたい、UBC人類学博物館。ハイダ族、ヌートカ族、クワクワカ'ワク族、、太平洋沿岸部の先住民資料をまとめようと思っている。
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 観光客が蒸気時計を取り囲んでいる、ギャスタウン
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 いい声だなあ、お名前はまだ調べてません。
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 スタンレーパーク入口近くに貸し自転車屋が並んでいる。ここは3−5時間18ドル、ヘルメット付き。
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 走り始めて数分の所有名スポット、トーテムポール群。
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 灯台好き、喜ぶ。Brockton Point Lighthouse
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 約2時間で公園をぐるりと一周後、イングリッシュベイのイヌクシュクまで足を伸ばした。古代イヌイット文化の石積みがバンクーバー・オリンピックのシンボルとして使われ、今では友好や歓迎を意味するものになった。
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春のポルトガル旅行#32015/04/11

 5泊目のリスボンまでに行った場所を、備忘のためざっと書いておこう。
ナザレの海岸沿いには店が立ち並びにぎやかだが、季節のせいか砂浜にいる人はほんのわずかだ。わたしは一人で波打ち際まで歩き、小石と貝を拾った。

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 ペドロとイネスの悲恋で有名(らしい)アルコバサの修道院(世界遺産)の前で、蚤の市が開かれていた。美しいファルセットのアヴェマリアを聞き、古い蹄鉄をひとつ買った。確か幸運のお守りだよね。

 ファティマのバシリカは、聖母出現の奇跡で知られているという。イースター直前の週末、大勢の信者がお祈りに訪れていた。
 それからバターリャの勝利の修道院(世界遺産)、未完の礼拝堂は500年以上屋根がない。王の回廊を通って衛兵の交代が行われていた。
 城壁に囲まれたオビドスの村は、散策が楽しかった。古城ホテルのポサーダでランチを取り外に出ると、青空が広がっていた。
 シントラ(世界遺産)を経由し、さあいよいよロカ岬だ。
強い風に吹かれて、遥か遠くまで広がる大西洋を見晴らす。灯台も美しい。北緯38度47分、西経9度30分、ユーラシア大陸最西端到達証明書をいただいた。

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灯台へ(第13次遠征隊#1)2014/10/11

  9月の最終週から、アメリカ北東部のニューイングランド地方3州を回ってきた。ボストン空港から車で北へ。まず目指したのはメイン州の灯台だ。

  Portland Head Lightポートランド・ヘッド灯台は、ポートランド市内から30分ほどのCape Elizabethエリザベス岬にある。メインの灯台の中で、最も有名なものの一つだろう。もちろんわたしもエドワード・ホッパーの絵を見てやって来たのだ。
静かな静かなホッパー、でも灯台の周りはひっきりなしに訪れる観光客でにぎやかだ。
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  そして、もうひとつの有名な灯台。
あれ、どこかで見たなあ、と思いませんか?
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  はい、正解。何かに突き動かされて走り始めたフォレスト・ガンプが大西洋側に達して折り返すのが、ここMarshall Pointマーシャルポイント灯台です。数年前ジョージア州サヴァナの歴史博物館へフォレストのベンチを見に行った人(自分だ)、かなりのファンと言える。
灯台のギフトショップにあるゲストブックには、大勢が "Run, Forrest, run!" と書いていた。

  メイン州には、およそ70の灯台が点在している(資料:Discovering Maine's Lighthouses and Harbors)。9月のOpen Lighthouse Dayには10数カ所の灯台内部が公開されるようだ。

  ところで、今回の「第13次」遠征隊、数字の吉凶が少々気になっていたせいか、レンタカー契約トラブルと体調不良でけっこうヘビーな旅行だった。が、普段と違うめげない旅行人格の出現(または憑依?)と、同行者の明るさに助けられ、無事帰国。長期消化不良もずいぶんよくなった。忘れないうちに備忘録をつけておこう。

歩いて考えるハバナ(メキシコ&キューバ旅行#7)2014/04/14

 他の観光地と同様、ハバナにも乗り降り自由の観光バスがあり、利用すれば市内と周辺を回ることができる。2014年春現在、ルートは2つ(ネット上には3つのルートがあるが、変更されている)。曇天の30日は市内を周遊するT1ルートのバスに、翌日はトンネルをくぐって東のビーチへ行くT3ルート・バスに乗った

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 革命広場にあるチェ・ゲバラ壁画の文字は、「永遠に勝利まで」という意味だそうだ。カパーニャ要塞にチェの資料室があり、机や銃、愛用のカメラや双眼鏡などが展示されていた。女性職員が敬愛するチェについて、熱心にスペイン語で解説してくれる。身振り手振りのおかげか、少し分かるような気がした。
 モロ要塞の先には、白い灯台が立っている。
 
 T3ルートの終点は、フロリダ海峡沿いの美しいビーチだ。白い白い砂浜で、貝のかけらを拾った。
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 旅行中、何人かのキューバ人と話した。
 ホテル近くのレストランで持ち帰りピザを焼いてもらっている間に、にこにこ顔のT氏が息子アントネリ君9歳の写真を見せに来た。Finca Vigiaのことをぼやくと "Hemingway is dead, but I'm here. Let's talk." この国の暮らしは難しいし離婚して寂しいが、"me inside happy"だそうだ。
 民芸品市場の外では、なぜかバス運転手とガイドがランチを食べに行ってしまった待ち時間に、元船員のおじいさんと話した。子供5人孫14人、日本へ行く航路には縁がなかったという。一度アルゼンチン沖を南下しホーン岬を回った途端ものすごい嵐になり、太平洋はこりごりだそうだ。スペイン植民地時代からハバナの道路は石畳だったが、「アメリカが入ってきてこうなった」

 革命博物館の展示物などをみているうちに、この社会主義国家の人々がどんなに自分の国を誇りに思っているかが分かってくる。革命成功までの困難とその後の道のりの資料が並ぶ中、キューバ危機に関するパネルはたった1枚だ。わたしが知っていた断片的な、反米、カストロの独裁、ミサイルなどの言葉は、あるフィルターを通したものだったのだろう。一方、戦車やタンクなど英雄礼賛的なその展示には指導者の方針が作用している。「教育と医療費は無償です」とガイドのトニーは胸を張っていた。国と国との力関係は理解を超えるが、実際に行ってみると、物事には様々な側面があることに改めて気づく。
 国立美術館本館では、力強いカリブ的色彩の現代美術に目を見張った。とりわけキューバの生活文化を描いたアベラに感心し、ポスターを購入した。

 この春、旧国会議事堂、ガルシア・ロルカ劇場、市立博物館も改装中だった。いつも宿題が残りますなあ。モヒートを飲むなら元祖スロッピー・ジョーがお薦め、と書いておしまいにしよう。革命後廃墟になっていた歴史的バーは美しく修復され、50数年ぶりに再開されている。

カナダPEIの灯台---Rのために2013/10/18

 もうずいぶん前のことだが、2001年の夏に、カナダのプリンスエドワード島を訪ねた。親切なカナダ人夫妻の家に泊まり、3週間で3,000km、島内を車でくまなく(多分)巡った。

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 今週、学生時代からのごく親しい友人が亡くなった。春先の発病後、半年の短い闘病生活だった。何度もお見舞いに通ったが、行くたびに悪くなってしまうのだった。
 わたしより数段しっかり者なのに、ヘンテコリンな部分もあり、とりわけそこが好きだった。効き目の見えない抗がん剤を変える時「今度はボーッとするのにして下さい」と先生に頼んだのよ、と言っていた。どれほど辛かったことだろう。

 一緒に旅行に行こうね、と話していたが、店を持つ彼女と出かけることは難しかった。言うまでもなくかつてモンゴメリを愛読したRのために、いくつかの灯台をここに置いておきたい。