文化的かつ気楽な読書2018/07/28

 今週末は持ち帰り仕事が多いし、授業準備もしなくちゃ。さて、とテーブルに資料を広げたところへ本が届いた。台風接近の風をおしてお届け下さった郵便屋さん、ありがとうございます。
 たちまち仕事を忘れ、黄色い本のページをめくる。誘惑に弱い。うれしくてこんなものまで書き出している。まあ、明日もあることですし。


シンシナティ市内で(第17次遠征隊#6)2018/07/07

 市内に戻り、『アンクル・トムの小屋』を書いたストウ夫人の家へ行った。ここでもボランティアが丁寧に、シンシナティ時代のハリエット・ビーチャーと家族について説明してくれた。旅行前に読んだ村岡花子さんの『ハリエット・B・ストー』が著名な作者への理解を深めてくれたように思う。"Uncle Tom's Cabin"が南北戦争直前のアメリカに与えた影響は測り知れない。リンカーンがストウ夫人に言った言葉
 "so you are the little woman who wrote the book that started this great war."

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 坂を下って、市中心部にある国立地下鉄道博物館 National Underground Railroad Freedom Center に向かった。パブリックパーキングを探してウロウロするが、やけに車が多い。赤いTシャツの人々が大勢通り過ぎる。メジャーリーグの試合があったのだ。この日はレッズカブス、11対2で大勝(でもナショナルリーグ中部地区、現在までの結果はレッズ最下位らしい)。
 数ブロック離れた所に何とか駐車場を見つけ、博物館内をゆっくり見て回った。地下鉄道の最強コンダクターだった「女性モーゼ」ハリエット・タブマンは、再来年20ドル紙幣に肖像画が描かれるはずだ。フレドリック・ダグラス、ジョン・ブラウン、ローザ・パークス、さらに modern slavery の展示もあった。隷属状態に置かれる同時代の人々がいる。自由は未だ我々全てに保証されているわけではないのだ。

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 フリーダムセンターからオハイオ川方向を見る。
NYCのブルックリン橋と同じ構造/設計者のJohn A. Roebling Suspension Bridgeが架かっている。

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 翌日は日曜日、規模は小さいが美しいタフト美術館へ。折よくアンセル・アダムスの写真展が開かれていた(撮影不可)。ネバダの一本道でファンになってから何年たつだろう。今回ヨセミテのギャラリーを見てから来ることができたのは、とても好運な流れだった。
 エデンパークの丘を上ってシンシナティ美術館にも行った。1880年代に創られた古い博物館で、ヨーロッパ絵画もアメリカ絵画も上質の作品が多数収められている。ウォーホルのピート・ローズが何ともシンシナティ!外ではなぜかピノキオ像が大きく手を広げ、空を仰いでいた。

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 その町を知るにはマーケットへ行かなくちゃ。シンシナティには歴史ある市場Findlay Market があるらしい。野菜・肉・魚売り場をぶらぶら歩き、レモネード(2ドル)を飲み、キッシュとキャロットケーキを買った。

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 帰国前日は月曜日、残念なことに博物館・美術館は全部休館だ。仕方なく(でもないけど)アウトレットやショッピング・モール、スーパー、ドラッグストアなどを回り、一気に荷物が増える。知り合いのいない町で一人、いつも通り右往左往の3日間だった。
一つ付け加えると、1930年代に建てられたアールデコ建築のシンシナティ・ユニオン駅にも興味を持ったのに、併設の歴史博物館を含め長い改築工事に入っている。2018年夏リオープンという表示のサイトを何度もチェックしていたが、旅行期間には結局間に合わなかった。

 これで第17次遠征隊の記録完了。残りはノース・カロライナとアラスカの2州になります。いや、行きたい所はまだまだありますが。

オハイオ川に沿って(第17次遠征隊#5)2018/07/07

 シンシナティに行ったのはもうひとつのテーマ、数年前から興味を持っている 地下鉄道 Underground Railroad のためだった。ケンタッキー州にある空港でレンタカーを借り、川を超えてオハイオの州道52号線沿いにリプリーという町へ走った。

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 この町には、かつての奴隷廃止論者 abolitionist の家が2軒あるのだ。19世紀、奴隷州から逃亡する黒人たちを秘密裡に北へ誘導する地下鉄道組織において、駅(ステーション)と呼ばれた家だ。逃亡した乗客(パッセンジャー)を次の車掌(コンダクター)が現れるまでかくまって保護した。それは無論駅長にとっても、非常に危険な行動だった。
コルソン・ホワイトヘッド作『地下鉄道』は1850年の逃亡奴隷法以降にジョージアから逃亡する少女を中心として描かれた小説で、2016年のピューリッツァー賞と全米図書賞を受賞している。

 John Parker House 様々な展示物があり、地域ボランティアが当時の様子を話してくれた。
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 丘の上にあるもう一軒のRankin House
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 石段からオハイオ川を見下ろす。対岸のケンタッキーは奴隷州、こちら側は自由州だった。
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 長田弘さんのエッセイ『アメリカ61の風景』(みすず書房)に「オハイオのユートピア」という章がある。村とも呼べないような小さな集落をユートピアと名付けた人々がいたのだ。「長田先生、来てみましたよ」
全米ドライブを支えてくれる本を、帰国後また開いている。

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サンフランシスコ・カルチャー散歩(第17次遠征隊#4)2018/07/07

 行かなければならない場所がいくつもあった。Uが帰国した後の2日間半、MUNI ClipperカードとGoogle Mapでサンフランシスコ市内を歩き回った。


 ビート・ジェネレーションのCity Lights Books、横の小道は今ジャック・ケルアック通りと呼ばれている。階段を上ると2階はPoetry Roomだ。窓辺にpoet's chairがひっそり置かれている。Nikki Giovanniを一冊買った。

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 そこから徒歩でワシントン・スクエアへ。ブローティガンがこのちょっとほっそりしたベンジャミン・フランクリン像の横に立ってから、もう半世紀以上たつのだ。後ろにコイット・タワーが見える。この前ここへ来た20代の頃には(大昔ですが)、塔まで歩いて行ったっけ。

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 坂の上のグレース・カテドラル内部に小さなエイズ・メモリアル・チャペルがあり、キース・ヘリングの"Life of Christ"が両翼を広げるように置かれている。

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 美術館にも行った。SFMoMAではルネ・マグリット展が開かれていた。数枚集められた光の帝国が圧巻だった。正面の作品はヴェネチアのペギー・グッゲンハイムから来ていた。

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 バスを乗り継いで、ゴールデン・ゲート公園内のデ・ヤング美術館へ。Cult of Machine展には、ジェラルド・マーフィの作品も並んでいた。最上階展望室から、カリフォルニアらしく明るい公園を見晴らした。

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 今回のテーマのひとつ、ジャック・ロンドンゆかりの場所が、対岸のオークランドにもある。フェリーに乗って、ジャック・ロンドン・スクエアに出かけた。『野生の呼び声』に登場するような小屋と狼の像がある。その横には(これは本物の)Heinold's First and Last Chance Saloon 1880年に開店し、若いジャック・ロンドンが店のテーブルで勉強したという。店主のジョニー・ハイノルドはジャックにカリフォルニア大バークレー校の学費を(中退してしまったが)援助した。
アラスカのゴールド・ラッシュ時代には、この港から大勢の男たちが「最初で最後のチャンス」に賭けて、船で北へと向かったものだ、と解説されている。

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ナパとソノマ(第17次遠征隊#2)2018/07/07

 サンフランシスコに直接戻らず、ソノマ地区のグレン・エレンに1泊した。その後もタイヤショップ巡りやレンタカー交換で手間取ったパンク事件のため、予定は押せ押せになってしまったが、これだけはしなくちゃ。

 ナパバレーの早朝熱気球ツアー
谷間に着くまで濃いもやがかかっていたのに、この素晴らしい天気!
眼下に広がる一面のブドウ畑


  ソノマ地区のグレン・エレンにはジャック・ロンドン歴史公園がある。100年以上前の作家だが『野生の呼び声』や白い牙』、鋭い印象を残す短編がわたしは好きだ。Happy Wall、コテージ、山道の先にあるウルフ・ハウスと墓地まで歩いた。Wolf House完成間もないある日、(恐らく放火によって)全焼してしまった、ジャックの夢の家だ。彼の心の何かはこの出来事で永遠に失われてしまった、と解説にある。また伝記にはしばしば、ジャックの(荒削りで骨太な)短い生涯が自殺で閉じられたとあるが、実際は病死だったとの研究もある。

石造りのHappy Wall
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木造のコテージに置かれた執筆用の机
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Wolf Houseの跡
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(無料で読める)旅の本2018/05/20

 Lonely Planetの旅の本が、最近はAmazon Primeに置いてある。これらが無料で読めるとはありがたいことです。
紙の本も購入できるようだが、Kindleでも十分に楽しめる。ド・セルヴィ方式の仮想旅行に、またはいつか行くための参考に。

機内誌のカーヴァー特集2018/04/28

 先週、バンコクから一時帰国中の娘とウズベキスタンへ行って来た。その記録も書いておきたいが、今引きつけられているのは、利用した大韓航空の機内誌Beyond4月号にあったレイモンド・カーヴァー特集だ。

Carver

 14ページに及ぶ special of the month は韓国の翻訳家 Koh Young-beom 氏とコラムニスト Baxa, Kim Seul-gi 氏他によるもので、カーヴァーの経歴から始まり、『頼むから静かにしてくれ』『愛について語る時に我々の語ること』『大聖堂』論へと続く。
 短編「ささやかだけれど、役に立つこと」の解説がよい。焼きたてのパンが、救いようのない現実に直面した夫婦に差し出される。心底忘れたい苦しい記憶を持つ誰にとっても、それはささやかな希望の薄明かりなのだ。

 カーヴァーの後にはフィリップ・ロス『ヒューマン・ステイン』、トマスピンチョン『V.』、そして Kim Keong Kon 氏のリチャード・ブローティガン論が載っている。今調べたのだが、Kim Keong Kon 金聖坤先生米文学を専門とする著名な文学評論家のようだ韓国でもサリンジャーやソール・ベロー、アップダイクなどが翻訳出版されたのだろう(多分)。そう言えば、韓国の学生から"Cathedral"のペーパーバックをもらったことがある。現代米文学は日本と同じように紹介され、受け入れられたようだ。

 ブローティガンのアメリカの鱒釣り』は絶版になりかけたところをカート・ヴォネガットの口添えのおかげで1967年に再版され、広く読まれるようになった、とある。寝ても覚めてもブローティガン!だった70年代を思い出す。原文の魅力を際立たせる藤本和子さんの名翻訳は、日本語表現に新しい風を吹き込んでくれた。ピンクの表紙の本はかなりくたびれて、今もわたしの本棚にある。ずいぶん前(Wikiがなかった頃)にまとめたブローティガン資料 は連休中にリンク先をチェックし updateするとしよう。

Brautigan

Korean Airのinflight magazine "Beyond"は韓国語と英語で書かれている。
Beyond eBookもあるようだが、今日現在リンク先はうまく開かず残念。