星空を見上げて帰宅2017/02/22


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国立天文台 今日のほしぞら

 午後クラスを教えて電車に乗り駅に着くと、午後7時過ぎになる。冬学期が始まってから、駅と家の間にある公園を歩く時にはいつも白いシリウスが見えている。そのシリウス(おおいぬ座)とプロキオン(こいぬ座)、オリオン座のペテルギウスが冬の大三角と知り(遅いけど)「今日のほしぞら」について書いたのは、今確認したら3年前のちょうど今頃だった。
 寒い、寒いと思いながら、大きく上を見上げて帰る。年のはじめ東の空に見えていた3つの星は少しずつ南に動き、今週オリオン座はほぼ真南に高く位置している。帰宅後、小学生用星座早見盤をくるくる回してみると、5月の連休を過ぎる頃、シリウスはすっかり西の方へ移動して見えなくなるようだ。天空は動く。いやもちろん動いているのは地球だが、動いて季節が巡る。

 ずいぶん前からの知り合いと、最近文通を始めた。しばらくお年賀のご挨拶だけだった80代の元新聞記者KH氏が、メールではなく手紙をやり取りしませんか、とご提案下さったのだ。話がかみ合っているのかいないのかわからない文面が、遠慮がちに行き交っている。
動く天空の下で、確実に歳をとっていくわたしたち。だからこそきっと、見ること読むこと聴くこと、人と関わることは大切なのだ。星の時間からすればほんの一瞬の自分の時間を、できるだけよいもので満たしたい。近ごろ特に、そう考えるようになった。
 

まだブランケットの話2016/07/16

 19世紀末のイギリスから送られた大量のポイント・ブランケット写真を見ると、その背景にもちろん18世紀半ばからの産業革命があったことを思い出す。機械化でまず綿織物が発達したのは大西洋の三角貿易によるもので、毛織物が工業化されるのは18世紀末になってからだ。先住民族との毛皮交易 fur trading に、記憶の中で断片になっていたヨーロッパ史が繋がっていく。
ポイント・ブランケット研究のこんなサイトもあった。The Point Blanket Site
写真はハドソンベイ・カンパニーの歴史サイトから(1898年バンクーバー島フォート・ルパートのトレーディング・ポストクワクワカ'ワク族の人々)
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  ウールリッチ Woolrich は1830年イギリス移民のジョン・リッチがペンシルヴァニアに作った毛織会社であり、ペンドルトン Pendleton はイギリスの毛織技師トーマス・ケイが1863年にオレゴンで始めた会社だ。
それらの大きな会社以外にも、woolen mill と呼ばれる毛織物工場が各地にある。

 わたしの知る限りでは、ミネソタ州のベミジが有名だ。Bemidji Woolen Mills はポール・バニヤンと青い牛ベイブで知られるベミジの町で、1920年に創業された。木こり lumberjack が着る赤黒チェックのウールシャツと聞けば、あ、あれ?とイメージが浮かぶだろう。そう、それです。
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 また、同じミネソタ州にはファリボールト Falibault Woolen Mill もある。南北戦争が終わった1865年にドイツ移民が(馬力の、ってどういう仕組みなのか想像できない)小さな毛織工場を作り、川沿いの水力利用工場を経て1892年「新工場」機械が導入されたそこでは今でも高品質のウール毛布や、軍隊用の丈夫な毛布が生産されている。地味だが、アメリカ中西部らしい質実剛健なミルだ

 旅先で woolen mill を見かけたこともある。ずいぶん前だが、カナダのプリンスエドワード島で小さな MacAusland's Woolen Mill に入ってみた。マコースランド MacAusland はスコットランド移民だろうか。1870年に製材所を始め、1900年頃から毛糸を1930年代から毛布を作っているという。こちらも年季の入った織機が堅実に、暖かく柔らかい毛布を作り続けていた。

 土地の作り出すものはそこで暮らしていた人々に代々受け継がれた文化を語ってくれるから、旅行は楽しいのだと思う。
 布類と言えば、プエブロ族の村チマヨの人々が織るラグ類や、モン族の刺繍布、サンプルの10cm角だけ買って額に入れたトルコ絨毯、瀕死のヴィネトウが肩にかけていたサルティヨ毛布(カール・マイの冒険小説)などもあった。サルティヨ毛布って何?と思ったら、よく見かけるメキシコっぽい明るい色合いのストライプ毛布でした。そして、きっと憧れのまま終わるであろうナバホ族の美しい手織りラグ、、、
これからもいろいろなものに出会い、ため息をつくんだろうなあ。

ハドソンベイの毛布(第15次遠征隊おまけ)2016/07/15

 春に見た『レヴェナント』と『ハドソン湾クエスト』から、マウンテンマン、トラッパー、ヴォエジャー、ポーテージ、ペミカンなど気になるキーワードについて読み散らかし、旅先のヴィクトリアで関連項目を見つけて喜んでいたわけだが、何のことはない、バンクーバー空港出発30分前、ゲートのすぐ横に Hudson's Bay Company Trading Post なる店を見つけた。あら、こんなに有名な店だとは。

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 店内モニターが、会社の歴史画像を次々と映し出している。アジア系の店員さんに断って写真を撮らせてもらった。どの映像も興味深く20枚ほど撮っていると「本もあるけど」とカウンターの上に、大きな本をドンと置いてくれた。お礼を言って、せっせ、せっせと写真をさらに20枚ほど。
一番目を引いたのがこのページだ。

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 イラスト地図に、先住民 First Nations とハドソンベイ・カンパニーとの交易の様子がわかりやすく描かれている。HBCはチャールズ二世の勅許状を得て、1670年に設立された。トレーディング・ポストが極寒カナダの土地に広がっている。

 そしてこんなページもあった。HBCのブランケットでできたコートを着て馬に乗るFirst Nationsだ。毛布は白地に緑、赤、黄色、黒のストライプが入っている。空港の店内には同じストライプの、毛布だけではないセーター、トートバッグ、マグカップ、帽子などがたくさん並んでいた。
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 その後調べたこと:
 先住民がビーバーの毛皮と交換したものの一つが良質な毛布だった。注文を受けてストライプの毛布を初めて作ったのはイギリス、オクスフォードシャーの毛織業者トーマス・エンプソン、1789年のことだった。ストライプ毛布の人気は高く、毛皮との交換ポイント・システムが作られた。横に小さくつけられた黒い線の数でビーバーの毛皮との交換レートが決まるというものだ。例えば黒線3本なら毛皮3枚と交換された。毛布は縮みを考慮し2倍の大きさで織られてから圧縮され、厳しい冬の寒さにも十分に耐える質の高いものだった。
 その伝統は今も受け継がれ、カナダのアイコン的存在になっている。現在製造しているのはイギリスの AW Hainsworth だが、アメリカの WoolrichLLBean などでもライセンス生産され、また Pendleton も同じパターンのストライプ毛布(Gracier National Park Blanket 国立公園シリーズの一つ)を作っている。

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参考:
The Canadian Encyclopedia Hudson's Bay Company

革靴とバッグの染め直し2016/05/03

 左利きは器用だという一説に反して、絶望的に破壊的に不器用だ。未だに野菜の千切りはできず、針仕事すれば何か所も指に針が突き刺さり、プリントの切り貼りすれば手にセロテープがまとわりつく。
 革靴の染め直しを始めたのは、単に必要に迫られたからだった。ついでに古いバッグも持ち出した。すると、、見よ、遠目とはいえ、この美しい仕上がり!
思わず写真を公開したくなった。作業前の写真も撮っておけばよかったなあ。

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 ブーツは去年ミズーリ州で買った40ドルほどのバース、元は茶色だったのに、しばらく履いているうちになぜか茶色と黒のまだらになった(スエード部分が擦れてしまった。)G.H.BassはClarksやCole Haanと同じカジュアルな靴メーカーで、アメリカのTangerやPremium Outletにほとんど必ず入っている。
小さいバッグは25年使用のコーチで、色落ちし悲しげにうらぶれたグレーになっていたとは言うものの、かつては厚みのあるこの革こそCoachというファンが多かったように思う。セルフ・ヴィンテージとでも言いますか。
 予想以上にうまく染まったのは、革の種類が適していたおかげだろう。クラフト社の染料と仕上げ剤を使い、乾燥時間を含め二日で染め直した。古いラグの上に新聞紙を広げてのお手軽作業、だったが、実はもう少しで終わるという時に容器をひっくり返して、ラグに黒い染料が流れたことも正直に書いておこう。一番大変だったのは、そのラグのシミ抜きでしたよ。

 革の染め直しそのものはとても簡単です。どうぞお試しください。

ベランダ菜園20162016/04/17

 東日本大震災の直後、「日常生活というものは得難い幸運なバランスの上に成り立っているのだろう」と書いたことを思い出す。大災害のニュースに気持ちが揺さぶられる。遠い国で難民になっている数百万の人々、予測できない事故、虐待で亡くなる幼い子供たち、、様々な報道を読むたびに胸がつまる。続いていくはずだったごく当たり前の生活が、荒々しく根こそぎにされてしまうことが無念で悲しい。

 毎日を丁寧に暮らさなければならないと思う。得難いバランスの上に続いている日常を、きちんと誠実に過ごすことを心がけよう。この幸運を安逸に無駄遣いしてしまうなんて申し訳ないではないか。
そんな妙に生真面目な気持ちで、他愛ないベランダ菜園をスタートした。
道路を隔てた小学校の校庭からは、いつもの通り練習に励むサッカー少年たちの声が響いている。

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 元気に冬を越したのはイタリアン・パセリ。元気をなくしているローズマリーには新しい苗を加え植え直した。花が咲かないまま20年たったグレープフルーツの木は、寒い時期に思い切って短く刈り込んである。
ミニトマトとバジルは例年通り自己流で。たまたま目についたエゴマの種も蒔いてみた。次の週末には、夏のモヒート用にミントの苗を探しに行きましょ。

オンライン・ブラックフライデー2015/11/29

 マルチ・ビタミンやサプリメントを、ほんの時々オンラインで取り寄せている。予想通りブラックフライデーの15%offクーポンメールが届いたので、2003年からの購入履歴を見比べながら数点注文した(眼に良いビタミン入りボシュロムのOcuvite、免疫力アップのEchinacea、シアバター入りハンドクリームなど)
 数年前1ドル80円ほどだった時期を思い出すと、小額ではあっても為替レートの影響は受けているのだなと思う。旅先でドラッグストアに立ち寄ることもあるが、州によって異なるsales taxがプラスされるし、薬は案外嵩も重量もあって帰りの荷物を増やしてしまう。
 というわけで、ささやかなブラックフライデー・ショッピング終了。ニュースによると、今年はオンライン派が多く、全米の大手スーパーは大した混雑もなかったそうだ。
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利用しているのはMed Shop Express、品揃え&送料とも問題なし。

不注意な毎日2015/10/28

 土曜日にiPhoneを落として画面を割り、日曜日Amazon Primeの映画を見過ぎたのか結膜下出血になり(今週は片目が真っ赤)、月曜日は駅前で転んで膝と腕を擦りむき、水曜日に銀座のApple Storeへ行ったらかばんから学校の教科書が出てきて驚いた。修理の予約時間に間に合うよう急いで出たので、うっかり備品を持ってきてしまったようだ。あーあ、明日は早めに出てY校へ立ち寄らなくては。
 年齢相応の落ち着きを持ちたいものだと思いながら、気がつけば授業準備そっちのけでネット検索し、超衝撃吸収液晶保護フィルムと衝撃吸収2層構造iPhoneケースを注文していた。