9/26-29 Toronto(第5次遠征隊#5)2007/10/04

 今回の遠征隊に参加してくれたのは、同じ町の知り合い二人だ。
秋らしく音楽と美術を堪能しようというわけで、シカゴでゴスペル、クリーブランドでロック、トロントではシンフォニーを聴いた。名画もたくさん見た。
 これはトロントのロイ・トンプソン・ホール。
 前半のラフマニノフ・ピアノコンチェルト2番は、日系ピアニスト、ジョン・キムラ・パーカーの繊細な演奏が深くしみ入るようだった。
 後半は今回最も楽しみにしていた『展覧会の絵』だ。私が初めて聴いたのは、エマーソン・レイク&パーマーだったっけ。
 トロント交響楽団の正統派ムソルグスキーには、絵の色彩が見えてくるような奥行きがあった。

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 トロントには3泊した。夜はナイアガラ・オン・ザ・レイクのワイナリーで買ったアイスワインを飲み、だーらだーらおしゃべりした。
 翌朝、セントローレンス・ マーケットを歩き、入り口で一見怪しげなインド人からストールを勧められた。実はちっとも怪しくないこの若者が何とか日本円でストールを売ろうと、日本人の友達に電話をかけレートを確認している時、ガシャーン、風が吹いて鏡が割れてしまった。30ドルの損失とはかわいそう。クマール君(勝手に名付けてみた)は「鏡が割れるのはインドではグッドラックなんだ」と、悲しそうに自分に言い聞かせている、、。ストール買いました。

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 それから、フェリーに乗ってトロント島へ行った。
今年は暖かい日が続いて、紅葉はまだほんの走りだ。

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9/30-10/03 Washington DC(第5次遠征隊#6)2007/10/06

 よく歩いたワシントンDCの記録

1日目
 知り合い二人は先に帰国した。○○年ぶりの一人旅にちょっと緊張する。
 ダレス空港からフライヤー・バスとメトロを乗り継ぎ、昼過ぎにフォギーボトム駅から歩いて5分のホテルに到着。一休み後、以上のようなルートで歩いた。
ウェスティン→リンカーン・メモリアル→リフレクティング・プール→ワシントン・モニュメント→ナショナル・ギャラリー西館→アメリカンインディアン博物館-(メトロ)→ユニオン駅 ここまで約8km。(今Google Earthで確認した)
 ユニオン駅でビール(必需品)を購入し、フードコートでインドカレーの夕食を取ってホテルに戻る。どんどん歩く一人旅もなかなかよいなあ。

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2日目
 デュポン・サークル駅へ向かうと、駅前で朝市をやっていた。少し覗いてからメトロに乗り、ホワイトハウス・ビジターセンターへ行く。ミネソタから来たと言う家族と話し、ツアーモービルに乗る。主だったポイントを回る観光バスだがモール周辺は歩けるので、アーリントン墓地のケネディ家の一角と航空博物館だけ途中下車した。
 その後、前日ゆっくり見られなかったインディアン博物館へ行き、ナショナル・ギャラリー東館で現代美術とエドワード・ホッパー展を見てから国立公文書館へ行くが、5時半で閉館だと聞く。とぼとぼ北上して、7時まで開いているポートレート・ギャラリーとアメリカン・アート美術館へ入ると、その充実ぶりに疲れを忘れた。
 メトロ駅を探していたら中華街の門があった。こじんまりとした店で火鴨麺の夕食を取る。この日歩いたのは約7.5km。

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3日目
 ジョージ・ワシントンの邸宅マウント・ヴァーノンに行く。ツアーバスは夏期だけ運行と書いてあり、前日までどうしたものかと考えていたのだが、ネットで調べると、行き方はとても簡単。メトロと1時間に1本のローカルバスで難なく到着した。

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 邸宅内ガイドツアーと敷地内散策で2時間、併設の博物館で1時間を過ごす。ワシントンの時代、首都フィラデルフィアからここまで馬車で1週間の道のりだったそうだ。私はヴァージニア州から50分ほどでDCへ戻った。さーて、国立公文書館だ。
 ロタンダに入る。独立宣言書は色あせて字はほとんど判読できなかった。人だかりができているのは中央の合衆国憲法だ。ルイジアナ購入の契約書や奴隷制廃止の書類も見ることができる。回廊にある大統領関連の展示物も興味深かった。
 最終日の夕方だ。何か大事なことを忘れている、、、そうだ、ホワイトハウス!公文書館からせっせと歩く。南のフェンス前に、観光客はまだ大勢集まっていた。
 Border'sで本を買い、メトロに乗る。ホテル前のタイ料理店でトムヤムクンとタイ焼きそばの夕食。この日は約7キロ歩いた。さて荷造りだ。

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 10/02の便で翌3日に成田着。数えてみたら、USA50州のうちこれまで23州をドライブしていた。

極私的ヘミングウェイ年(第5次遠征隊#7)2007/10/06

 <第5次遠征隊で特に記録しておきたいこと その1>

 Very Personal Hemingway Year2007である。春にはキーウェストの家を見た。当然ながらオークパークへも行かなければならない。

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 訪ねたのはシカゴ到着の翌日。ゴスペルを聴いた後、旅の仲間は歩いてシカゴ美術館へ、私はCTAのグリーンラインでオークパークへ向かった。

 ビジターセンターが予め資料を送ってくれたのは有り難い。案内所前で無料のシャトルバスを待つことにした。が、時間を過ぎてもなかなかやって来ない。予定時間から15分ほど過ぎて、Oak Park Shuttle Serviceと書かれた白いワゴン車が停まった。お客は誰も乗っていない。
「私だけ?」と聞くと、ドライバーの若い女の子が
「うん、もうみんな歩いて行っちゃったんじゃない。私コーヒー買ったんだけど、水っぽいから入れ直してもらった。で、遅れた。」
屈託がない。
 次のバス停には上役とおぼしきおじさんが待っていて、別の観光客を乗せた。
「遅かったねー。スキップして行っちゃったかと思ったよ」
「コーヒーが水っぽくて、入れ直してもらったから」
「そうかあ」
観光局職員の二人、の〜んびりしてます。日本ではあり得ない。

 この町はフランク・ロイド・ライトのスタジオでも有名だ。ルートに沿って、まずライトの家で降りた。
 セルフツアーのつもりだったが、内部はガイドと一緒でなければ見られない、と受付で説明される。F.L.ライトの家を外から見るだけなんてバカげている。選択の余地なく、混んでいたこともあって約50分待つことになった。
 代わりに鼻をかみたくなる鼻炎のツアーガイドに案内され、20人ほどのグループで邸内を回る。現代建築の巨匠、プレーリースタイルの祖の最初の作品がこの自宅なのだ。壁にピアノがはめ込まれた子どもたちのスペースが魅力的、家中にあるステンドグラスも素晴しかった。

 なんてことをしていたら、ヘミングウェイに割ける時間が少なくなってしまった。もうシャトルバスは当てにならない。早足で歩き、アーネスト君の生家と博物館を猛スピードで見て回った。
 クイーンアン・スタイルの生家でヘミングウェイが過ごした時期はほんの数年、6才の時、この医師一家は市内の別の家に引っ越している。
 生家に大叔父タイレー用の部屋があったことは、ヘミングウェイの人生に大きな影響をもたらしたと言える。世界中を航海した大叔父が時折滞在しては、小さなアーネストにたくさんの冒険談を語ってくれたのだそうだ。

オキーフが4点(第5次遠征隊#8)2007/10/06

<第5次遠征隊で特に記録しておきたいこと その2>

 ナショナル・ギャラリー(国立美術館)の広い広い館内をさまよった。
途方に暮れるほどの数の名画が、次から次へと現れるのだ。
 この秋、西館ではターナー、東館ではエドワード・ホッパー展が開かれている。その区画には人が大勢いるが、他の部屋はごくまばらに歩いているだけだ。
ゴッホ、カンディンスキー、ピカソとゆっくり向き合った。
そしてオキーフが4点もあるこの部屋、これを一人で見られるなんて何という贅沢だろう。

 ところで、私の電子チケットぴあデジポケには今、「フェルメール・牛乳を注ぐ女 とオランダ風俗画展 前売券」が入っている。たった1枚のフェルメールに東京では一体何人が群がるのかな。仕方ないけど。
 この地で、A Lady Writing, the Girl with the Red Hat, Woman Holding a Balanceの3枚を独り占めできたことを幸運としよう。

注:この国立美術館は入場無料。
  さらに、シカゴ美術館同様、写真撮影も許可されている。

10月期のクラス2007/10/13

 旅行の翌日から10月期の仕事が始まった。いや、正確には両校に代講をお願いしての旅行でした。この場で感謝、って誰も見ていないけど。

 今期は曜日を少し変更したがクラス数はほぼ同じ、一日おきに週2日と3日教えている。
 持ち上がりだったN校の中級クラスは、中国・ネパール・タイの3カ国19人。G校の2クラスはいずれも初級で、多国籍(9カ国)の16人と22人。かなり体力を要する今期だが、歩き回り声を張り上げてもまだ体重は減らない。残念。

 2週目の金曜日、初めて一緒に組んだベテラン先生から励みになるお言葉をいただいた。
 クラスの雰囲気はけっこう教師のパーソナリティに影響されるものだけど、今回のほのぼのクラスはとても楽しく教えやすいと言うのだ。あのー、自慢話と思わないで下さいね。これはきちんとした評価を受けることのない日本語学校での、数少ないお褒めの言葉なわけです。では今期ももう少し頑張ってみようという気持ちになる。せっせと教えて、また旅行しなくちゃね。

買ってきた本2007/10/13

 ようやく買ってきた本を開く余裕ができた。
面白い、面白い。
 女性のステレオタイプ研究と、歴代大統領の小学校時代からの記録、それからネイティヴ・アメリカンのことわざです。

     

ホームカミング2007/10/14


 母校のホームカミングに行ってきた。卒業後10年、20年、、50年(それ以上は毎年)の卒業生が招待される大きなイベントだ。10年毎の卒業生代表が挨拶し、肩を組んで校歌を歌う。今年は記念すべき第十回ということで、まだまだお元気な村山元首相が祝辞を述べ、午後には星野仙一監督も登場した。
 オリンピック野球監督として多忙な星野氏だが、約1時間あることないこと縦横無尽に語り(再婚しないのは一人に絞れないから)、会場は盛り上がった。同級のテレビ朝日渡辺宜嗣アナウンサーが司会を買って出て、最後は「フレーッ、フレーッ、ホシノ!」
写真は花束をもらって手を振る星野監督。

 先週、名古屋の友人夫妻に電話をかけた。最近は年賀のやりとりだけになっているが、この機会に会えるかもしれないと思ったのだ。でも、本当に残念なことに、奥さまのSちゃんは今年の春亡くなっていた。
 このイベントのことは、奥さま宛のわけわからない郵便物が多くてさっさと捨てちゃうから、全く知らなかったそうだ。
 うん、うん、がんばりましょう。ともかく。まだしばらくは。