未来の読書2009/10/26

  小学生の時、「たまも書店」の書棚の前で背表紙を見上げながら、ああ、わたしが大人になる頃には、きっと本なんてなくなってしまう、、と思ったのを覚えている。紙と活字でできた本は、その当時テレビや映画に登場したマイクロフィルム状の何かに取って替わられるだろう、とぼんやり想像していた。SF好きな子どもだったのである。(ついでに書くと、投票は用紙に記入するのではなく、自宅でボタンを押せば、面倒でなくすぐ結果も分かると思ったりした)

 AmazonのKindleは、いよいよその時代が来たことを示しているのかしら。日本の出版物が(本格的な)電子ブックに替わるにはまだまだ時間がかかるだろうけれど、それが進化であり、時代の流れなのだろうとも思う。

 などと考えながら、長田弘『本の話をしよう』を読む。
「読書は自分が自分にかける電話のようなもの、自分で自分と話をする方法なのです。、、、本の言葉の向うに、つねにもう一人の自分を見いだしていくのが読書。本の言葉を読み取っていこうとする自分と、その言葉に自分を突き合わせていこうとする、もう一人の自分との対話です」
「読書は演奏と同じです。ピアニストがバッハを演奏して、自分の時代を新しくつくりだすことができるように、シェイクスピアを読んで、そこから新たに自分の時代の物語を引き出していくことができるのが、読書がくれる本の力です」
「本を読む時に重要なのはページをめくる行為」