秋の中欧旅行⑤ワルシャワ2023/11/09

 クラクフから快適なポーランド特急で2時間15分、9月27日の夕方、この旅行の最終目的地ワルシャワに着いた。
中央駅からどのトラムに乗ればホテルに行けるのかはGoogle mapが教えてくれる。でも、そのトラムが広い駅構内のどこから出発するのかわからない。うろうろ歩き回った末二人連れの若者に尋ねると、親切に階段上のトラム乗り場まで荷物を運んでくれた。

 翌日から3日間のメモ:
まずは市内中心部のホテルからバスに乗り、旧市街へ向かった。
おお、ここが王宮広場。
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 WWIIの時ワルシャワ市街は徹底的に破壊されたが、それを予見して、18世紀の王座その他貴重なものは安全な国外に保管されていたのだという。THE ROYAL CASTLE IN WARSAW – MUSEUM
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 通りを進んで、旧市街広場に出た。
瓦礫をひとつひとつ拾い集めるなどして、元通りに再建された建物が四方を囲んでいる。
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 広場に面してワルシャワ歴史博物館 Museum of Warsaw があり、裏通りにはひっそりと、戦後の並々ならぬ努力による復元の様子を記録をした博物館 Monument Interpretation Center があった。
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 さらに歩いて16世紀の要塞バルバカンを通り抜け、マリ・キュリー博物館 The Maria Skłodowska-Curie Museum に入った。キュリー夫人の生家に作られた博物館は、校外学習の小学生たちでにぎやかだった。
ラジウム・クイーンは(RBG同様に)ラジカル・ウーマンでもあっただろう。
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 地下鉄に乗り ワルシャワ蜂起博物館 The Warsaw Rising Museum へ。
1944年8月1日から2ヶ月間のレジスタンス武装蜂起がどのように行われ悲劇的な結末を迎えたのか、詳細な記録が展示されていた。
 20数万人の犠牲者を出した蜂起失敗の後、ドイツ軍がこの町を爆撃し焼き尽くしたという歴史は、少し前であれば(繰り返されることのない)遠い過去のように思えたのだが、、。
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 そして、スターリンの贈り物、文化科学宮殿のタワー viewing terrace に登った。
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 ポーランドユダヤ人歴史博物館 POLIN Museum of the History of Polish Jews はワルシャワゲットーがあった地区に建てられている。フィンランドの建築家ライナル・マハラマキによる建物外部は改修中だったが、博物館内は心動かされる展示が続き、(今回の旅行中唯一の日本語オーディオガイドもあって)3時間ほどを過ごした。
 そうそう、博物館や美術館のパンフレットやオーディオガイドは、アジア系言語の中国語/韓国語はあっても、日本語は(訪ねた限りでは)どこにもほとんど置かれていないのだ。寂しいですねえ。
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 コペルニクスセンター科学センター Copernicus Science Centre でプラネタリウムに入った。が、星座の説明はポーランド語でチンプンカンブンだ。
館内には会話できるコペルニクスのロボットがいた。英語などヨーロッパ言語は通じるが、
「日本語、わかりますか」と話しかけると
「ニホンゴ、ワカリマスカ &×#+〜×、、」
わけのわからない呪文が返ってきた。
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 16世紀の偉人、地球は回っているコペスニクスの像は、市中心部の広場で穏やかに周囲を見守っている。
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 ポーランドのもう一人の偉人、ショパンの博物館にも足を伸ばした。
数年前のショパンコンクール・セミファイナリスト、Szczepan Kończal の短いリサイタルがあり、美しい演奏を聴くことができた。
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 柱の中にショパンの心臓が納められた聖十字架教会に入ると、静かにミサが行われていた。ここもまた、戦後に再建されたのだ。ポランスキーの映画に荒廃したこの通りがあったのを思い出した。
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 帰国日の早朝、ホテルのマネージャーが車で空港まで送ってくれた。前日までとは違い、どの通りにも数台のパトカーが並び警察官が立っている。
聞いてみると、その日曜日、自由のための大規模なデモが予定されているのだという。
「じゃあ、今朝帰るのはちょうどよかった」
「自由が好きじゃないの?」
「いやいや、道路が混んじゃうでしょ」
「そうか、あはは」
 帰国後、その集会が100万人規模であったこと、その後に行われた総選挙でリベラル勢力による政権交代が実現しそうなことが(日本の新聞では地味に)報道された。知らないことが本当に多過ぎる。

 旅行記録はここまでとしよう。(これまで全く理解していなかった)複雑に入り組んだ中欧の歴史を、まだぐずぐずと調べ続けているんですが。