日本語学校、流転す ― 2015/04/25
2002年に二つの日本語学校で教え始めた。非常勤で週二日ずつ出かけて行くのは、現在も「同じ」学校なのだが、
この4月総武線の亀戸駅から浅草橋駅に移転したY校は、通い始めた頃習志野市にあり、その後中央区へ移転して学校名が変わり、社長が多角経営に乗り出して同じ地区の別校舎へ引っ越し、それから横浜の日本語学校の東京分校になって亀戸へ移転したわけで、数えてみたら今回5回目のお引越しなのだった。
K校のほうも、かつては英語学校Gの関連校で九段下にあったが、経営者が代わり現在の水道橋校舎に移転している。
その間に震災の影響で外国人学生が激減した時期があり、一年間新大久保の韓国人留学生の学校で教えた。またどの学校でもスタッフが数回入れ替わり、学期ごとに常勤非常勤の先生方が何人も出たり入ったりした。日本語能力試験に変更があり、教科書副教材も変わった。教授法にもコミュニカティヴからcan-doやピア・ラーニングなど、変化/流行の波が押し寄せた。やって来る学生たちの国籍も欧米系は以前から様々だが、アジア系は中国/韓国からモンゴル、ネパール、ベトナム、スリランカ、ミャンマーへと地域が広がった。
日本語学校、流転す。言うまでもなく、どの業界も絶えず変化しているに違いないが。そして移り変わるからこそ、その時そこに居合わせる人々との関わりはなかなか刺激的なわけだが。




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