4つの公民権博物館(第7次遠征隊#3)2009/04/01

 今回の旅のテーマは、音楽と公民権運動だ。いくつかの町で、公民権運動に関する施設を訪れた。心が揺さぶられ、洗われていくようだった。

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メンフィス(テネシー州)の国立公民権博物館
National Civil Rights Museum
 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は、1968年4月、このロレイン・モーテル306号室のバルコニーで撃たれ亡くなった。39歳だった。
 犯人James Earl Rayが銃を撃ったビルディングは別館になっており、狙撃後の捜査の資料なども公開されている。

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バーミングハム(アラバマ州)の公民権協会
Birmingham Civil Rights Institute
 20分ほどの映像を見てから、展示室を回る。この町でのキング牧師の投獄、マーチ、投票権、フリーダム・ライド(wiki解説)、、50年代60年代アラバマ州内の運動は激しく、人々は本当に命を賭けて闘ったのだ。
 通りの反対側には、16番通りバプティスト教会がある。1963年にKKK団のテロによって爆破され、4人の少女が殺された教会だ。この事件は"Birmingham Sunday"という歌になり、ジョーン・バエズなどによって歌われた。

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モントゴメリー(アラバマ州)の公民権メモリアル
Civil Rights Memorial Center
 石の水盤には、公民権運動に力を尽くし倒れた人々の名前が刻まれている。センター内の Wall of Toleranceに、正義と平等のために献身する者の一人として、自分の名前を加えることができる。
 ダウンタウンにあるもう一つの施設、ローザ・パークス博物館 The Rosa Parks Museumにも足を運んだ。1955年、人種隔離政策時代に、ローザ・パークス(wiki解説)の勇気ある行為が、モントゴメリーバス・ボイコット運動のきっかけを作ったのだ。
 "You may do that."、もし立たなければ警察を呼んで逮捕すると言われて、彼女が答えた言葉だ。体は疲れていなかった、服従することに疲れていたのだと、後に自伝で語っている。

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アトランタ(ジョージア州)のキング歴史地区
Martin Luther King, Jr. National Historic Site
 この歴史地区は国立の施設で、キング牧師の生家とお墓などがある。ビジターセンターで短い映画を見て、歴史地区を歩いた。
 キングセンターの2階にはキング牧師、コレッタ夫人、ローザ・パークスゆかりの品々を展示した部屋の他に、キング牧師が深く敬愛したガンディーの部屋もあった。

走行距離1760キロ(第7次遠征隊#4)2009/04/01

 よく走りましたねー。走行距離はちょうど1,100マイル、1,760kmでした。
(マップはクリックで拡大)

 9泊11日の行程(3月20日から30日):
テネシー州メンフィス → (ミシシッピ州トゥペロとナッチェス・トレース・パークウェイ経由) → 再びテネシー州ナッシュビル → テネシー州チャタヌーガ → (アラバマ州バーミングハム経由) → アラバマ州モントゴメリー → ジョージア州アトランタ

 今回の反省:
・ナッシュビルで左折後、反対車線に入ったのに気づかず30メートル走った。こらこら。
・バーミングハムであやうくガス欠に。慌ててフリーウェイを降りたら、なかなか治安の悪そうな場所だった。ガソリンスタンドのインド系おばさんが、カウンターの防犯ガラス越しに「気をつけてね」と言ってくれた。
・使いあぐねたカーナビ。日本のものに比べると簡単なものに見えたが、住所さえきちんとインプットすれば、確実に道を教えてくれる(当たり前だけど。)次回は使いこなしたい。Keep right! Keep left!

ナッシュビル(第7次遠征隊#5)2009/04/02

 ナッシュビルと言えばカントリー音楽発祥の地、と偉そうに書いてみるが、実は全然詳しくない。ウィーリー・ネルソンを少し聴き、ジョニー・キャッシュの映画を見た程度だ。
 旅行前の下調べで、Grand Ole OpryRyman Auditoriumを知り、その歴史に興味が沸いた。

写真はダウンタウンにあるライマン音楽堂、
そしてカントリー音楽の殿堂Country Music Hall of Fame

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 タイミングよく、FoxのAmerican Idolが"Grand Ole Opry Week"をやっていた。アメアイ出身でグラミー賞を取ったキャリー・アンダーウッドも、オール・オプリィのメンバーになったことをとても名誉に感じているらしい。日本ではロックの影に隠れてしまいがちだが、カントリー音楽も厚みのある豊かな文化のひとつなんですね。

 ところで、今回はメンフィス・ロックンソウル博物館 Rock 'n' Soul Museumも見るはずだったのに、訪ねた日は何と団体への貸し切りだった。「はるばる日本から来た!」とゴネたけど、入れてくれませんでした。うわーん。

チャタヌーガ(第7次遠征隊#6)2009/04/03

 テネシー州南東の町チャタヌーガは、チューチュートレインChattanooga Choo-Choo(wiki解説)で知られている。グレンミラー楽団の古い曲も有名だ。楽しくスイングする曲を、YouTubeで聴くことができる。便利な世の中ですねー。

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 A先生と私は、歴史的な駅舎を改装したホリデイ・インに1泊した。学校の旅行で来たらしい学生たちが、夜遅くまでにぎやかだった。
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 チャタヌーガの町の南には、ルックアウト・マウンテンLookout Mountainがある。「世界一勾配のきつい」ケーブルカー(傾斜50度)に乗って山頂に上がると、南北戦争の激戦地が史跡公園になっていた。ここにはグラント将軍も登ったという。大きくうねるテネシー川の眺めが美しかった。

フィッツジェラルドの家(第7次遠征隊#7)2009/04/03


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 アラバマ州のモントゴメリーで必ず行きたかったのが、Scott and Zelda Fitzgerald Museum フィッツジェラルドの家だ。スコットとゼルダは、この家に1930年から2年間住んだ。『グレート・ギャッツビー』他作品の大成功とヨーロッパ生活の後だ。この時期、ゼルダは精神を病んでいた。
 雨にたたられ道に迷って到着時間が遅れたため、閉館時間を過ぎていたが、車を停めて家に近づいてみた。植え込みの間の道を歩くと、ポーチにうす茶色の猫がいるのが見えた。
 「ゼルダ」思いつきで小さく呼びかけてみた。
猫が面倒くさそうに伸びをした。

アトランタのMUST SEE(第7次遠征隊#8)2009/04/06

 最終目的地はアトランタだ。珍しく簡単にホテルが見つかったと喜んで手前の角を曲がったら、再びフリーウェイに入ってしまい、大回りしてダウンタウンに到着した。相変わらずである。

 翌日、どしゃ降りの中を、アトランタ郊外のMUST SEE、ストーン・マウンテン・パーク Stone Mountain Parkまで走った。南軍の英雄が彫られた巨大一枚岩だが、スカイライドから辛うじてその姿が見えただけだった。夏はレーザー・ショーや花火があり、華やからしい。
 小降りになった午後はキング歴史地区を歩き、1週間借りていたレンタカーKIAを空港近くへ返却した後、地下鉄でダウンタウンとバックヘッド地区のモールを回った。

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 帰国前日、ダウンタウンの二大MUST SEE、CNNセンター CNN Centerとワールド・オブ・コカコーラThe World of Coca Colaへ行った。

 Inside CNNは、ガイドの解説を聞きながら40人ほどのグループでヘッドクォーターの中を歩くスタジオ・ツアーだ。
CNN Internationalスタジオの区画で
「ここから世界100カ国以上にニュースが流されています。ヨーロッパやインドや香港にも」
という説明に、丸顔カブスカウト少年が
「トーキョーにも?」と質問した。
「トーキョーから来たのよ。I watch every day」
思わず口を挟むと、丸顔君はびっくりしたように目を見開いた。彼にとって、トーキョーは遠い遠い世界の果てなのだろう。
 私は日頃それほど社交的ではないが、(アメリカの)旅先では店の人や列で隣り合った人たちとよく言葉を交わす。隣りの州(アラバマからテネシー)へ来て大興奮の男の子、韓国人経営日本料理屋のバリ島出身ウエイター、南北戦争歴史好きなアメリカ人夫を持つ韓国出身の女性、、ちょっとした会話が、旅行をより印象深いものにしているようだ。

 CNNセンターから歩いて数分、オリンピック記念公園の先にワールド・オブ・コカコーラがある。世界に遍く広まったコーラこそ、まさしくアメリカ文化の典型だろう。数多くの広告やCM、4Dムービーや世界中のコーラの試飲が楽しかった。
 第7次遠征隊、無事終了。A先生、ご同行ありがとう。はい、パチリ。

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G校 授業開始、および雑感2009/04/10

 月曜日にプレースメントテストがあり、火曜日からG校の新クラスが始まった。今期は午前が初級の会話クラス、午後が初中級クラスだ。どちらも週2回担当する。
 どんな学生たちと出会うのだろう。ちょっと緊張の第1週、新しい出席簿を持ってドアを開けた。午前クラスは8カ国13人、午後クラスは11カ国16人、G校ならではの多国籍な構成だ。
 今期の特徴は、どちらもスウェーデン人が多いことだろうか。エミル、ヘンリク、ホアキム、アンナ、イーダ(=よくあるスウェーデンの名前)、、ゲームやアニメの日本文化は世界の隅々まで浸透しているようだ。

 ところで、今日の朝日新聞夕刊一面に、文化庁がゲームやアニメの殿堂「国立メディア芸術センター」を創設するという記事があった。
 アメリカでロックンロールの殿堂やカントリー音楽の殿堂、ケーブルカー博物館やコカコーラ館、各州にある歴史博物館などを訪れるたびに、こういう施設が日本にもあったらいいのにと考えていた。日本にもなくはないが、魅力的な施設はとても少ない。
 メディア芸術センターだけではなく、邦楽と楽器の博物館、能や文楽の博物館、食の博物館、各地の歴史博物館(+当時の服装で解説してくれる係員)など、日本中にたくさんの施設が創られるといいと思う。コンピュータ技術を駆使したムービーやインタラクティブなアトラクションがあれば、小中学生が課外授業で訪れたり、休日に親子で足を運んだりできるだろう。外国人観光客にも楽しめるはずだ。雇用も増える、かな?