三島忌、そして白内障手術 ― 2020/11/25
現代国語の先生がラジオを持って教室に入ってきた。
「大変なことになっている」
今日は三島忌だ。ことさら記憶に残っているのは、誕生日だから?いや、大きな事件が起きた時自分が何をしていたかは、誰でも深く記憶に刻まれるんですよね。ジョン・レノン暗殺や、日航機墜落事故、9.11、東日本大震災、、
今日は雨だが、50年前は小春日和、雲ひとつない晴天だった。阻止しようのない衝撃的な自決、翌日の朝日新聞紙面も思い出せる。
昭和後半の文豪の中で、三島由紀夫はきらびやかに異彩を放っている。とは言え、事件以前に読んでいたのは『潮騒』だけだ。楯の会のことはほとんど知らなかった。
あれから半世紀。瞬く間に、というのは大げさにしても、時間は呆れるほど早く過ぎ、ぼんやりした眼鏡の学生は、曇りガラスのような白内障の中高年になってしまった。
春先から左眼のかすみが気になり始めたかと思ったら、テレワークの影響もあってか症状は急激に進み、7月後半に運転をやめざるを得なくなった。さらに、学校のPCでのZoom画面操作にも不安を覚え、名残惜しいが、夏学期をもって一校を退職した。
白内障手術と言えば、30年以上前に吉行淳之介の『人工水晶体』を読んだことがある。眼内レンズを入れる水晶体再建術は、医療技術の進んだ今ごくありふれた手術だし、日帰り手術も多いようだ。わたしは術後の管理を考え、2泊して標準的な治療を行う近隣の総合病院を選んだ。
母親、ついにサイボーグ化?! と子供たちが騒いだ手術は正味15分ほどで終わった。そして翌日眼帯が取れると、魔法のようにクリアな視界が広がった。
ビームは出せないけど、こうしてあちこち古びた箇所を修理し、できるだけ細く長く生きていくわけですね。ジョン・レノンは40歳で、三島は45歳で亡くなったのだ。馬齢を重ねつつの感慨である。




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