ヨセミテで救われる(第17次遠征隊#1)2018/07/07

 今年の遠征隊の目的地はヨセミテ、サンフランシスコ、そしてシンシナティだった。天気に恵まれた10日間、毎日楽しかったが、旅行をいっそう忘れられないものにしたのはヨセミテ山頂近くのパンク騒動だろう。

 6月16日サンフランシスコ空港で車を借り、翌日旅の仲間Uが合流してヨセミテ国立公園へ出発した。順調に東へ進み、午後2時過ぎにエル・ポータルのホテルに到着。公園内に入ってブライダルベール滝とトンネルビューの美しい景観を眺め、ヨセミテ・バレーのビジターセンター近くに駐車して、シャトル・バスで付近をゆっくり一周した。

写真で見慣れたトンネルビューだけど、現実の雄大な眺めに息をのむ。
左にエル・キャピタン、奥にハーフドームの頭が見えている。

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 次の日は標高2,199mグレイシャー・ポイントへ。英語も運転も上手なUだが、実はこの日がアメリカ初運転、いきなりの山道ドライブは、今思えばハードル高かったよね。小一時間ほど登った時、頂上近くのカーブで路肩(の岩場)に脱輪してしまった。ガッタンゴットンと数秒。のためポイント一つ手前の駐車場で確認したところ、助手席側後輪のパンクを発見した。ぎゃっ。ど、どうする?
 レンタカーに載っているスペアタイアに交換すればいいのはわかっているが、我々にそんな技はない。思い切って、近くで休んでいた女性ライダーに声をかけた。あのー、すみません...

 30分後のイージーライダーズ。何と大らかで親切な人々だったことでしょう。わいわい言いながら、協力しあって手際よくタイヤを交換して下さった。ありがとう!
スペアタイヤでは50マイル(80km)以上のスピードを出さないこと、できるだけ早くパンクを直して元のタイヤに戻すことなどのアドバイスもいただいた。
「ますますアメリカ人が好きになった」高校留学経験のあるUがつぶやいた。


 ホッとして眺めるグレイシャーポイントからのハーフドーム
神々しいほどの壮大さだ。きっと忘れないね。

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(無料で読める)旅の本2018/05/20

 Lonely Planetの旅の本が、最近はAmazon Primeに置いてある。これらが無料で読めるとはありがたいことです。
紙の本も購入できるようだが、Kindleでも十分に楽しめる。ド・セルヴィ方式の仮想旅行に、またはいつか行くための参考に。

ウズベキスタンへ(3)2018/05/05

 ブハラから早朝の高速列車アフラシャブ号でタシケントに戻った。車体はスペインのタルゴで時速250km、乗り心地よし。でも(旅行申し込みが遅かったため)2回乗ったシャーク号の(ソ連製)コンパートメントのほうが印象に残る。
 首都観光は最終日だけ。夜の便で仁川を経由し、翌日帰国した。

<タシケント>
 バラク・ハンとコーランの博物館 ハズラティ・イマーム広場にある 現在使われているモスクも見学 メッカ巡礼に選ばれた人々のリストが掲示されていた 世界最古のコーランと各国のコーラン
 国立歴史博物館 石器時代から歴史順に整然と並ぶ展示物 独立後のウズベキスタンを巧みに指導したイスラム・カリフの時代 資源国の未来像も
 日本人墓地 第二次世界大戦後ソ連から中央アジアへ連行され、帰国できず亡くなった方々のお墓
 ナヴォイ劇場 捕虜の日本人もこの大劇場の建設に強制派遣されたという
 タシケント地下鉄 撮影禁止 2駅乗った 大理石などで装飾されたホーム
 チョルスー・バザール 青い丸屋根の大きなバザール 上から眺めるウズベキスタンの暮らし ホームベーカリー用のドライフルーツなど購入 
 ティムール広場 市中心部の大きな広場 独立前はマルクス像だったそうだが 、今中央に立つのは馬に乗ったティムールの銅像

 到着日からずっと晴天が続いていたが、帰国日午後から小雨になった。お天気に恵まれたウズベキスタン4泊。プロフ、水餃子、羊肉、ビールやワインおいしく、ガイドアリさんの日本語面白く(頼まれて少し訂正)笑い合う楽しい旅だった。

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ウズベキスタンへ(2)2018/05/04

<ブハラ>
 モンゴル帝国に征服された13世紀の後、イスラムのティムール朝時代を経て、16世紀にウズベク3ハン国が成立した。その一つがブハラ・ハン国だ
かつての首都ブハラは、思いがけずステキな町だった。旧市街には古い建物を改築した小さなホテルが数多くあり、ヨーロッパからの観光客が長期滞在していた。夜には池を囲むチャイハナに人が集い、音楽が流れる。平和な「〜スタン」もあるのだ。

 イスマイール・サーマーニ廟 中央アジアで最も古いイスラム建築
 バラハウズ・モスク 池に映るクルミの柱が印象的
 マゴキ・アタリ 市中心部に埋もれていた寺院 ゾロアスター教時代の跡もある
 リャビ・ハウズ 樹齢数百年の木とチャイハナに囲まれた池 オアシス都市の名残
 アルク城 20世紀にソ連の一部となるまでブハラ・ハン国歴代の王が住んだ 
 カラーン・モスクとミナレット 高いミナレットは戦争や地震をくぐり抜けた
 タキ・バザール ドーム屋根で覆われたバザール 刺繍のスザニ、コウノトリのハサミ、織物、布類、細密画、お皿、、、誘惑に打ち勝たねば、と思ったのに
 ウルグ・ベク・マドラサ 天文学者ウルグ・ベクが建てた最古の神学校マドラサも、中はお土産物屋になっている。魔がさして刺繍の変てこりんジャケットを買ってしまった(娘とガイドのアリさんに笑われ、買う気を失って遠ざかる距離が伸びるほど追いかける女主人の言い値は下がり、最初の半値以下で購入)、よかったのか?

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気の遠くなるような細かい作業によって、美しい絨毯が少しずつ織られていく

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ウズベキスタンへ(1)2018/05/04

 サマルカンドという言葉にいつも思い浮かべていたのは、この風景だ。青の都。

 
 4/20から4泊6日、ウズベキスタンのタシケントとサマルカンド、ブハラを旅行した。いずれもシルクロードのオアシス都市だ。同行者は、VISA切り替えのため一時帰国中だった娘。大人になり何でも話せるいい人になった。メモと写真を備忘用に置いておきたい。

 今回は個人手配でなく5星クラブのツアーに申し込み、3都市を鉄道で巡った。わたしたち二人をスルーガイドと現地ドライバーが到着から出発まで日本語で案内してくれる、至れり尽くせりツアーだ。正解だった。実際のところ、自力で効率よく各ポイントを回るのはとても難しいだろう。

(到着翌日、急行列車シャーク号で首都タシケントから移動)
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<サマルカンド>
 ウルグ・ベク天文台 ティムールの孫ウルグ・ベクは15世紀の天文学者
 シャーヒ・ズィンダ廟群 11-19世紀に建てられた霊廟群 階段を上がってゆく
 ビビハニム・モスク ティムールが第一夫人のために建てたが、巨大過ぎて崩れ、ソ連時代に修復されたという 正面に大きな石のコーラン台
 シャブ・バザール ドライフルーツ、スパイス、丸い大型ナン 市場は楽しいぞ
 レギスタン広場 三つのマドラサ神学校に囲まれた最も有名な広場 日曜日は国内外からの観光客で大混雑 サマルカンド・ブルーの美しいマドラサ内はどこもお土産物屋になっている ウズベキスタンの地方出身者はなぜか外国人と一緒に写真を撮りたいらしく、日本の母娘はあちこちで取り囲まれ、幾度も自撮り写真に加わった
 グリアミール廟 ティムール帝国創始者ティムールとその一族の霊廟 金のモザイク装飾が見事だ

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機内誌のカーヴァー特集2018/04/28

 先週、バンコクから一時帰国中の娘とウズベキスタンへ行って来た。その記録も書いておきたいが、今引きつけられているのは、利用した大韓航空の機内誌Beyond4月号にあったレイモンド・カーヴァー特集だ。

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 14ページに及ぶ special of the month は韓国の翻訳家 Koh Young-beom 氏とコラムニスト Baxa, Kim Seul-gi 氏他によるもので、カーヴァーの経歴から始まり、『頼むから静かにしてくれ』『愛について語る時に我々の語ること』『大聖堂』論へと続く。
 短編「ささやかだけれど、役に立つこと」の解説がよい。焼きたてのパンが、救いようのない現実に直面した夫婦に差し出される。心底忘れたい苦しい記憶を持つ誰にとっても、それはささやかな希望の薄明かりなのだ。

 カーヴァーの後にはフィリップ・ロス『ヒューマン・ステイン』、トマスピンチョン『V.』、そして Kim Keong Kon 氏のリチャード・ブローティガン論が載っている。今調べたのだが、Kim Keong Kon 金聖坤先生米文学を専門とする著名な文学評論家のようだ韓国でもサリンジャーやソール・ベロー、アップダイクなどが翻訳出版されたのだろう(多分)。そう言えば、韓国の学生から"Cathedral"のペーパーバックをもらったことがある。現代米文学は日本と同じように紹介され、受け入れられたようだ。

 ブローティガンのアメリカの鱒釣り』は絶版になりかけたところをカート・ヴォネガットの口添えのおかげで1967年に再版され、広く読まれるようになった、とある。寝ても覚めてもブローティガン!だった70年代を思い出す。原文の魅力を際立たせる藤本和子さんの名翻訳は、日本語表現に新しい風を吹き込んでくれた。ピンクの表紙の本はかなりくたびれて、今もわたしの本棚にある。ずいぶん前(Wikiがなかった頃)にまとめたブローティガン資料 は連休中にリンク先をチェックし updateするとしよう。

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Korean Airのinflight magazine "Beyond"は韓国語と英語で書かれている。
Beyond eBookもあるようだが、今日現在リンク先はうまく開かず残念。

タイのサメット島2018/04/05


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 バンコクから南へ3−4時間。ラヨーン近くの桟橋からスピードボートで行く小さな島がサメット島 Koh Samed だ。春分の日を利用して皆で娘を訪ね、久しぶりの短い家族旅行になった。海沿いにコテージが点在するホテル、中高年は海辺で過ごし、若者はモーターサイクルで島の道路を回った。ビーチに魚売りやマンゴー売りが来るところがタイらしい。
 ホテルを探す時、いつもの勘違いで最初はサムイ島を予約していたことを、ここに告白しておきます。サメット島、のどかでいいですよ。お勧めします。