サンフランシスコ・カルチャー散歩(第17次遠征隊#4)2018/07/07

 行かなければならない場所がいくつもあった。Uが帰国した後の2日間半、MUNI ClipperカードとGoogle Mapでサンフランシスコ市内を歩き回った。


 ビート・ジェネレーションのCity Lights Books、横の小道は今ジャック・ケルアック通りと呼ばれている。階段を上ると2階はPoetry Roomだ。窓辺にpoet's chairがひっそり置かれている。Nikki Giovanniを一冊買った。

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 そこから徒歩でワシントン・スクエアへ。ブローティガンがこのちょっとほっそりしたベンジャミン・フランクリン像の横に立ってから、もう半世紀以上たつのだ。後ろにコイット・タワーが見える。この前ここへ来た20代の頃には(大昔ですが)、塔まで歩いて行ったっけ。

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 坂の上のグレース・カテドラル内部に小さなエイズ・メモリアル・チャペルがあり、キース・ヘリングの"Life of Christ"が両翼を広げるように置かれている。

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 美術館にも行った。SFMoMAではルネ・マグリット展が開かれていた。数枚集められた光の帝国が圧巻だった。正面の作品はヴェネチアのペギー・グッゲンハイムから来ていた。

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 バスを乗り継いで、ゴールデン・ゲート公園内のデ・ヤング美術館へ。Cult of Machine展には、ジェラルド・マーフィの作品も並んでいた。最上階展望室から、カリフォルニアらしく明るい公園を見晴らした。

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 今回のテーマのひとつ、ジャック・ロンドンゆかりの場所が、対岸のオークランドにもある。フェリーに乗って、ジャック・ロンドン・スクエアに出かけた。『野生の呼び声』に登場するような小屋と狼の像がある。その横には(これは本物の)Heinold's First and Last Chance Saloon 1880年に開店し、若いジャック・ロンドンが店のテーブルで勉強したという。店主のジョニー・ハイノルドはジャックにカリフォルニア大バークレー校の学費を(中退してしまったが)援助した。
アラスカのゴールド・ラッシュ時代には、この港から大勢の男たちが「最初で最後のチャンス」に賭けて、船で北へと向かったものだ、と解説されている。

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F.L.ライトも見よう(第17次遠征隊#3)2018/07/07

 サンフランシスコ周辺の有名建築と言えば、フランク・ロイド・ライトのマリン郡シビックセンターだろう。フリーウェイを南下し、広々と広がる庁舎に着いた(解説多いため「美の巨人たち」にリンク)。
映画『ガタカ』の撮影などにも使われた宇宙船のような建物は、ライト晩年の作品だ。資料室を見学し、回廊をぐるりと歩いた。

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 この2日後になるが、サンフランシスコ市内にあるFrank Lloyd Wright Spiral Interiorも訪ねてみた。ユニオンスクエアのすぐ近くにあるビルは現在、紳士服の店舗になっている。快く写真を撮らせてくれたものの、ちょっと場違いな雰囲気(わたしが)。スパイラル構造はもちろん、NYCのグッゲンハイム美術館と共通のものだ。

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 今回のカリフォルニア・ドライブは、3日間で約750マイル(約1,200km)だった。レンタカー会社が途中で交換してくれたトヨタの赤いランドクルーザーで、ひゃあひゃあ言いながら渡ったゴールデン・ゲートの写真も置いておこう。慣れないその大型四駆で市街地に入り、坂道を上り下りしてホテルに横付けし、空港へ車を返却に行ったのだ。よくやったね。

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ナパとソノマ(第17次遠征隊#2)2018/07/07

 サンフランシスコに直接戻らず、ソノマ地区のグレン・エレンに1泊した。その後もタイヤショップ巡りやレンタカー交換で手間取ったパンク事件のため、予定は押せ押せになってしまったが、これだけはしなくちゃ。

 ナパバレーの早朝熱気球ツアー
谷間に着くまで濃いもやがかかっていたのに、この素晴らしい天気!
眼下に広がる一面のブドウ畑


  ソノマ地区のグレン・エレンにはジャック・ロンドン歴史公園がある。100年以上前の作家だが『野生の呼び声』や白い牙』、鋭い印象を残す短編がわたしは好きだ。Happy Wall、コテージ、山道の先にあるウルフ・ハウスと墓地まで歩いた。Wolf House完成間もないある日、(恐らく放火によって)全焼してしまった、ジャックの夢の家だ。彼の心の何かはこの出来事で永遠に失われてしまった、と解説にある。また伝記にはしばしば、ジャックの(荒削りで骨太な)短い生涯が自殺で閉じられたとあるが、実際は病死だったとの研究もある。

石造りのHappy Wall
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木造のコテージに置かれた執筆用の机
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Wolf Houseの跡
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ヨセミテで救われる(第17次遠征隊#1)2018/07/07

 今年の遠征隊の目的地はヨセミテ、サンフランシスコ、そしてシンシナティだった。天気に恵まれた10日間、毎日楽しかったが、旅行をいっそう忘れられないものにしたのはヨセミテ山頂近くのパンク騒動だろう。

 6月16日サンフランシスコ空港で車を借り、翌日旅の仲間Uが合流してヨセミテ国立公園へ出発した。順調に東へ進み、午後2時過ぎにエル・ポータルのホテルに到着。公園内に入ってブライダルベール滝とトンネルビューの美しい景観を眺め、ヨセミテ・バレーのビジターセンター近くに駐車して、シャトル・バスで付近をゆっくり一周した。

写真で見慣れたトンネルビューだけど、現実の雄大な眺めに息をのむ。
左にエル・キャピタン、奥にハーフドームの頭が見えている。

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 次の日は標高2,199mグレイシャー・ポイントへ。英語も運転も上手なUだが、実はこの日がアメリカ初運転、いきなりの山道ドライブは、今思えばハードル高かったよね。小一時間ほど登った時、頂上近くのカーブで路肩(の岩場)に脱輪してしまった。ガッタンゴットンと数秒。のためポイント一つ手前の駐車場で確認したところ、助手席側後輪のパンクを発見した。ぎゃっ。ど、どうする?
 レンタカーに載っているスペアタイアに交換すればいいのはわかっているが、我々にそんな技はない。思い切って、近くで休んでいた女性ライダーに声をかけた。あのー、すみません...

 30分後のイージーライダーズ。何と大らかで親切な人々だったことでしょう。わいわい言いながら、協力しあって手際よくタイヤを交換して下さった。ありがとう!
スペアタイヤでは50マイル(80km)以上のスピードを出さないこと、できるだけ早くパンクを直して元のタイヤに戻すことなどのアドバイスもいただいた。
「ますますアメリカ人が好きになった」高校留学経験のあるUがつぶやいた。


 ホッとして眺めるグレイシャーポイントからのハーフドーム
神々しいほどの壮大さだ。きっと忘れないね。

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(無料で読める)旅の本2018/05/20

 Lonely Planetの旅の本が、最近はAmazon Primeに置いてある。これらが無料で読めるとはありがたいことです。
紙の本も購入できるようだが、Kindleでも十分に楽しめる。ド・セルヴィ方式の仮想旅行に、またはいつか行くための参考に。

ウズベキスタンへ(3)2018/05/05

 ブハラから早朝の高速列車アフラシャブ号でタシケントに戻った。車体はスペインのタルゴで時速250km、乗り心地よし。でも(旅行申し込みが遅かったため)2回乗ったシャーク号の(ソ連製)コンパートメントのほうが印象に残る。
 首都観光は最終日だけ。夜の便で仁川を経由し、翌日帰国した。

<タシケント>
 バラク・ハンとコーランの博物館 ハズラティ・イマーム広場にある 現在使われているモスクも見学 メッカ巡礼に選ばれた人々のリストが掲示されていた 世界最古のコーランと各国のコーラン
 国立歴史博物館 石器時代から歴史順に整然と並ぶ展示物 独立後のウズベキスタンを巧みに指導したイスラム・カリフの時代 資源国の未来像も
 日本人墓地 第二次世界大戦後ソ連から中央アジアへ連行され、帰国できず亡くなった方々のお墓
 ナヴォイ劇場 捕虜の日本人もこの大劇場の建設に強制派遣されたという
 タシケント地下鉄 撮影禁止 2駅乗った 大理石などで装飾されたホーム
 チョルスー・バザール 青い丸屋根の大きなバザール 上から眺めるウズベキスタンの暮らし ホームベーカリー用のドライフルーツなど購入 
 ティムール広場 市中心部の大きな広場 独立前はマルクス像だったそうだが 、今中央に立つのは馬に乗ったティムールの銅像

 到着日からずっと晴天が続いていたが、帰国日午後から小雨になった。お天気に恵まれたウズベキスタン4泊。プロフ、水餃子、羊肉、ビールやワインおいしく、ガイドアリさんの日本語面白く(頼まれて少し訂正)笑い合う楽しい旅だった。

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ウズベキスタンへ(2)2018/05/04

<ブハラ>
 モンゴル帝国に征服された13世紀の後、イスラムのティムール朝時代を経て、16世紀にウズベク3ハン国が成立した。その一つがブハラ・ハン国だ
かつての首都ブハラは、思いがけずステキな町だった。旧市街には古い建物を改築した小さなホテルが数多くあり、ヨーロッパからの観光客が長期滞在していた。夜には池を囲むチャイハナに人が集い、音楽が流れる。平和な「〜スタン」もあるのだ。

 イスマイール・サーマーニ廟 中央アジアで最も古いイスラム建築
 バラハウズ・モスク 池に映るクルミの柱が印象的
 マゴキ・アタリ 市中心部に埋もれていた寺院 ゾロアスター教時代の跡もある
 リャビ・ハウズ 樹齢数百年の木とチャイハナに囲まれた池 オアシス都市の名残
 アルク城 20世紀にソ連の一部となるまでブハラ・ハン国歴代の王が住んだ 
 カラーン・モスクとミナレット 高いミナレットは戦争や地震をくぐり抜けた
 タキ・バザール ドーム屋根で覆われたバザール 刺繍のスザニ、コウノトリのハサミ、織物、布類、細密画、お皿、、、誘惑に打ち勝たねば、と思ったのに
 ウルグ・ベク・マドラサ 天文学者ウルグ・ベクが建てた最古の神学校マドラサも、中はお土産物屋になっている。魔がさして刺繍の変てこりんジャケットを買ってしまった(娘とガイドのアリさんに笑われ、買う気を失って遠ざかる距離が伸びるほど追いかける女主人の言い値は下がり、最初の半値以下で購入)、よかったのか?

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気の遠くなるような細かい作業によって、美しい絨毯が少しずつ織られていく

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