人は孤島ではない〜『クララとお日さま』とAGI2021/04/26

 ジョン・ダン(イギリスの詩人 1572-1631)が「人は誰しも孤島ではない」と謳った時、その言葉が400年後の汎用人工知能論に結びつくとは想像しなかったに違いない。って当たり前だけど。

  No man is an island, entire of itself; 
  every man is a piece of the continent. 
  人間は、誰も孤島ではない。
  いかなる人も、大陸の一片であり、主要なものの一部なのだ。

古めかしい「人は島嶼(トウショ)にあらず」という訳も素敵だ

 カズオ・イシグロ『クララとお日さま』を読み、書評とAI論に目を通した。すると、頭に浮かんだのがジョン・ダンだった。とは言っても、考えがまとまっているわけではなく、雲のようにふわふわ浮かぶだけ。とりあえず気になった部分をスクラップしておきましょ。


 Radhika Jones によるニューヨークタイムズの書評 "Humanoid Who Cares For Humans, From the Mind of Kazuo Ishiguro" は、3月1日付だった。

“I believe I have many feelings,” Klara says. “The more I observe, the more feelings become available to me.” This statement had the peculiar effect, on me anyway, not of persuading me of her humanness but of causing me to consider whether humans acquire nameable feelings all that differently from her description. Which is maybe also the point.


 3月30日のニューヨーカー誌に、中国系アメリカ人作家 Ted Chiang の "Why Computers Won’t Make Themselves Smarter" シンギュラリティ論が載った。テッド・チャン作『あなたの人生の物語』はハヤカワ文庫から出ている。

 ニュートン後の人々が、彼の研究に基づきさらに様々な手法を生み出したという話の後に
This ability of humans to build on one another’s work is precisely why I don’t believe that running a human-equivalent A.I. program for a hundred years in isolation is a good way to produce major breakthroughs. An individual working in complete isolation can come up with a breakthrough but is unlikely to do so repeatedly; you’re better off having a lot of people drawing inspiration from one another. They don’t have to be directly collaborating; any field of research will simply do better when it has many people working in it.


そして『クララとお日さま』には

「ポールさんの言う『心』は、ジョジーを学習するうえでいちばん難しい部分かもしれません」とわたしは言いました。「たくさんの部屋がある家のようだと思います。でも、AFがその気になって、時間が与えられれば、部屋の一つ一つを調べて歩き、やがてそこを自分の家のようにできると思います」
     略
「だが、君がそういう部屋の一つに入ったとしよう。すると、その部屋の中にまた別の部屋があったとしたら? その部屋に入ったら、そこにもさらに部屋がある。部屋の中の部屋の中の部屋......きりがないんじゃないのか。ジョジーの心を学習するというのは、そういうことになると思わないか。いくら時間をかけて部屋を調べ歩いても、つねに未踏査の部屋が残る......」 
p.312

 クララ「カパルディさんは、継続できないような特別なものはジョジーの中にないと考えていました。 探しに探したが、そういうものは見つからなかった――そう母親に言いました。でも、カパルディさんは探す場所を間違ったのだと思います。特別な何かはあります。ただ、それはジョジーの中ではなく、ジョジーを愛する人々の中にありました。
p.431


こうして読み進むと、
 人が人であることは、個々の内にある意識だけではなく、周りの人々とのつながりにも(きりがないほど)大きく広がっていく。AIは人間を超えるだろうか。人工知能が、その途方もない広がりを認知できるだろうか。人間は大陸の一片なので。孤島ではないので。
 ふわふわ雲のあらましはわりと単純だ。