スリランカ(2)中国がやって来た2017/04/30

 スリランカ中部の道路を車で走り抜けてゆく。名前を知らない町から町へ。アルファベット表記の国なら地図をたどる方法はあるが、シンハラ語クルクル文字は全く手がかりなし。どの町も商店が軒を連ね、人々が歩き、たくさんのトゥクトゥクが行き交っている。
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 高原の町キャンディは湖に沿って広がり、世界遺産の町の中心に佛歯寺(ダラダー・マーリガーワ寺院)がある。4世紀初めにブッダの歯が運ばれ、幾つかの寺で祀られた後現在はここに納められているという。佛歯の扉が開かれるプージャの礼拝時(一日3回)にはたくさんの信者が訪れる。
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伝統のキャンディダンスを見る。最後の火渡りが圧巻だった。足裏の丈夫な人々。
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 「是非に」と言って、閉店間際のキャンディ・マーケットへ連れて行ってもらった。果物、野菜、豆、スパイス、ヤシ油、、暮らしの見える市場は本当に楽しい。水牛のヨーグルト、美味しいカード入りの陶器も重なっている。レンズ豆とレッドライス、ボール状のパーム砂糖を買った。
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夜キャンディのホテルに着いて、翌朝カーテンを開けると
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 そしてコロンボへ。初めて眺めるインド洋だ。ゴールフェイス・グリーン公園に国旗がはためいていた。
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 ツアーの道々、スニールさんにスリランカの歴史を簡単に教えてもらった。シンハラ人の国にインドからタミール人がやって来たこと。16世紀にポルトガル人がセイロンを植民地化し、次にオランダが、さらにイギリスが来て長い植民地時代が続いたこと。独立は1948年だが、その後もイギリス連邦自治領であったため、スニールさんの記憶にあるのは市中心部の白い建物を我が物顔に歩くイギリス人だそうだ。

 市北部のフォート地区に、コロンボ灯台がある。半分だけペイントされたこの灯台はイギリスが建てたもので、真下に広がるインド洋を見晴していた。
なぜ「見晴らしていた」なのかと言うと
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中国資本がやって来たからである。
灯台下の青い海はもうない。歴史も文化も景観もお構いなしに、中国が砂ぼこりを立てながら力ずくで埋め立て工事を進めている。かなり大きな中華街ができる予定だと聞いた。
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