年末インド&香港#12012/01/07 17:38

 皆さま、明けましておめでとうございます。
2012年がどうか平穏な年でありますように。今年もどうぞよろしく。
 ようやく体調が戻りましたので、備忘用旅行メモを書き始めます。
写真は旧市街Old Delhi
olddelhi

 初インドである。
7泊8日(うち車中泊2日機中泊1日)ツアーで、12月の北インドを回った。
デリー空港到着から帰国便出発までずっと世話してくれたのは、スルーガイドのクマールさん24歳。各地区の運転手はいずれもサイドミラーのない車を巧みに操って、絶え間なくクラクションを鳴らしつつ、町を村を街道を路地を突っ走った。その車の窓から見た光景を思い出してみると、
人人人家車牛ゴミ埃リクシャー店ゴミ埃オートリクシャー犬ゴミ埃林自転車オートバイ豚空畑田んぼゴミ埃人人人、、、
 インドとは、つまりそういう国なのだった。

 そして、その人と牛とゴミ埃の向こうに、燦然と壮大な歴史的建造物がそびえている。
幾多の建造物を通して、わたしたちはこのわけわからん国にかつて栄えた王朝の、諸々の物語の一端に触れた、と言えるだろうか。
 インドをご同行くださったのは、K校の同僚H先生でした。いやあ、楽しかった。でも、大変でしたねえ。

年末インド&香港#2 デリー2012/01/07 19:24

到着翌日 デリーで見た場所メモ
一日でこれらを回り、夜には寝台特急でベナレスに向かう。予想通りの強行軍...

見学中の小学生たちは皆、人なつこく元気だ。すれ違うと口々にハーイ! ハーイ!
indianstudents

・ジャマ・マスジッド(Jama Masjid) 1658年
 インド最大のイスラム寺院

・インド門(Indian Gate) 1931年
 第一次世界大戦で戦死したインド兵のためにイギリスが建てた。

ラール・キラ(Lal Qila) 1648年 <世界遺産>
 レッド・フォート(Red Fort)とも言う 赤い砂岩の城。
 ディワニアム(Diwan-i-Am)民衆に謁見するための棟と
 ディワニカス(Diwan-i-Khas) 貴賓謁見棟などがある。
redfort

フマユーン廟(Humayun's Tomb) 1565年 <世界遺産>
 ムガール帝国2代皇帝フマユーンをまつったもの。
 タージマハルとは反対に、妃が亡き夫のために建てた。 
humayun's

ラージ・ガート(Raj Ghat) 1948年
 マハトマ・ガンジーの墓と記念公園。モニュメントでは常に炎が燃えている。
 実際に暗殺された場所は、ガンジー・スムリティ博物館(Gandhi Smriti Museum)になっているらしい。行けなくて残念。
 アトランタのM.L.Kingセンターでキング牧師が愛読したガンジーの本を見たことがあり、スムリティ博物館にはとても興味があったのだが。
rajghat

クトゥブ・ミナール(Qutb Minar) 1200年頃 <世界遺産>
 ヒンドゥーとイスラム両方の様式で建てられた石塔
qutabminar

年末インド&香港#3 大遅延2012/01/07 22:02

 「電車が遅れた」とクマールさんが言った。予定ではデリー発19:50の夜行特急に乗り、3日目の朝6:45、ガンジス川沿いの聖地ベナレスに到着するはずなのだ。携帯で情報を取っているらしい。
「2時間くらい遅れた」

 リクシャーで市場に出かけ時間をつぶして、夜10時過ぎに駅へ行った。
「また遅れた。あと4時間」

 駅構内の床には大勢の人々が毛布を敷いたり敷かなかったりして横になっているが、寒過ぎる。2階に部屋を取ってもらって2時間ほど仮眠した。深夜2時、ようやく寝台列車がやって来た。
nightstation

 ツアーで利用するのは、2Aクラス(2-tier AC)エアコン付き2等寝台だ。スーツケースを自転車用チェーンロックでベッド下の枠に固定し、上段のベッドに潜り込んだ。やれやれ。昼頃には着くよね。

 しかし、驚くなかれ、
その後、寝台列車は動いたり止まったり動いたり止まったり、丸1日ノロノロと牛のように進み、昇った陽は虚しく沈みまた夜が来て、午後9時半過ぎようやくベナレスに到着したのだった。気の短いほうではないが、日本語教師二人は呆れ果てて、言葉も出ない(しゃべってたけど)。
15時間の大遅延だ。インド悠久の時ってこのこと?

nighttrain

 何時間遅れようが、のんびり明るく待つインドの人たち。仕事に影響はないの?
半身隠れた帽子のおじさん、実は車掌だった。この後電車から親切に荷物を下ろしてくれたと思いきや、耳元で低く"money"とささやいた。ぎゃっ。これもインド的体験か。

年末インド&香港#4 ベナレスの朝2012/01/07 23:55

 Vanarasi、英語表記はBenares。ヒンドゥー教と仏教の聖地である。

 インドは暑い国と思い込んでいたが、北インドの冬は寒い。コートをしっかり着込み、マフラーを巻いて、早朝のガンジス川に出かけた。熱いチャイを飲んで、小舟に乗る。

 ガンガーの夜明けだ。少しもやがかかっている。ゆったり流れる濁った水の上に、太陽が昇る。

ganges


 舟の上から、ガートでの沐浴や火葬場などを眺める。

 もちろん暑い季節には、もっと大勢の人が沐浴するそうだ。いかにも寒そうな二人。ぶるぶる、さぶ。まいったね。

gangesbathe


 水の上を、幾つものロウソクの灯りがゆらゆらと流れていく。舟に乗る前、わたしたちも花とロウソクが入った小さな紙の容れ物を買った。火をつけてもらって、ゆっくりと流れに置こうとした時、あっ。不器用でがさつなわたしは容れ物をひっくり返してしまった。花ロウソクは逆さになって流れていく。「気にしなくていい」とクマールさんは言ってくれたが、写真を撮りながらクヨクヨする。クヨクヨ、ガンガーの上でクヨクヨする。
 降りる間際に、土産物売りの少年が乗り込んできた。幸い、花ロウソクを持っていた。もう一つ買おう。
 今度はそっと丁寧に水の上に置いた。ロウソクが明るく光りながら、ガンガーの水面を流れていく。ヒンドゥー教ではないけれど、彼岸にいる人たちのことを思った。近くにいるような気がした。
「だいじょうぶ、まだついてる」とクマールさんが言った。

年末インド&香港#5 またも大遅延2012/01/08 21:52

 自由時間のなくなったベナレスだが、ヒンドゥー大学の 構内にある新ビシュワナート寺院を見学し、額に白と赤のしるし(ティカ)をいただいた。その後ヨガのレッスンを受け、サルナートのダメーク大塔ラームナガル砦を回って、なぜかシルクの店にも連れて行かれ、予定の観光メニュはクリアした。忙しいなあ。考える時間がない。

 ダマーク大塔とは、悟りを開いたブッダが初めて5人の弟子に法を説いた場所だ。6世紀に造られた石塔の周りで、世界各地からやってきた仏教徒たちが修行していた。
下の写真は、ブッダと5人の弟子の像を見る5人のインド人。
sarnath1

saranath2

 夜はガンガー河畔で毎晩行われる、にぎやかな儀式Pujaを見に行った。
puja

 さて、再び電車移動だ。荷物をまとめてホテルロビーへ行くと、クマールさんが言った。
「また電車が遅れた」

 2回しか乗らない列車が2回とも遅れたということは、インドの鉄道は100%遅延するということなのか、わたしたちが100%ついていないのか、よく分からない。
 この日の電車は22:00ベナレス発朝6:30アグラ着のはずだったが、予定外のアーユルヴェーダで時間をつぶし、深夜までホテルロビーで待ったあげく小部屋に移動して仮眠。早朝駅へ行き、来るあてのない寝台特急の代わりに別の列車を手配してもらい、またも一日電車に揺られ、午後4時半アグラまで車で40分の小さな駅にたどり着いた。忍耐力と諦観、、、これを修行と呼んでもいいだろう。
 
 そうそう、電車内のお弁当はこれ。わたしたちはこのカレー弁当を数回食したことになる。1、2回なら悪くないんだけど。
trainlunch

年末インド&香港#6 タージ・マハル2012/01/08 23:57

 必ず訪れたい場所のひとつが、多くの人が賛同するだろうが、タージ・マハルだった。
世界中からの観光客が順番に、正面のベストポイントで写真を撮っている。冬の空は少しかすんでいるものの、本当に息をのむ美しい建造物だ。1653年完成。<世界遺産>

tajmahal

 話が前後するが、アグラ到着の翌朝(旅行6日目)最初に行ったのは朝もやにかすむアグラ城(1573年)<世界遺産>だった。季節によっては、そこから白いタージ・マハルを見下ろすことができるという。
agrafort

 2度の遅延により押せ押せの観光ツアーだ。全く自由時間はなく、この日のうちにムガール帝国の古都ファテープル・シークリー(1574年)<世界遺産>を回って、ジャイプールまで車で移動した。ピンクシティ には魅力的な店が並んでいた。
 写真は、3人の妃が住み、予言通り一人の世継ぎが誕生したというファティーブル・シークリー、そしてライトアップされたジャイプール風の宮殿
fatehpursikri

jaipur

年末インド&香港#7 クリシュナ病院で点滴2012/01/10 13:30

 生水は飲まず、生野菜は避け、氷の入った飲み物も注文せず、歯磨きもミネラルウォーターを使っていたのに、やはり捕まってしまった。激烈インド体験。最終日の朝、H先生とわたしは揃って急性胃腸炎に襲われた。
 普段からお腹が丈夫なほうではないが、あんなに強烈なのは初めてだ。止めようのない吐き下しにノックアウトされ、ジャイプールの観光はアンベール城入り口までで全キャンセル。病院に連れて行かれ、あれよあれよという間に寝かされて点滴治療を受けるはめになった。クリシュナ病院はこんなところ。
indianhospital

 象のタクシーに乗りたかったなあ。天文台シャンタル・マンタルも見られずに残念、と今は思うが、病院からデリー空港までの4時間のドライブもけっこう大変。わたしたち帰国できる?と不安だった。
 原因は不明だ。多分、ホテルの夕食に出たアイスクリーム?
前日の夜、ホテルからオートリクシャーに乗り、二人で風の宮殿付近を1時間ほど散策したが、その間何も口にしていない。ガイド君と運転手氏は、わたしたちがそこで何か食べたのだろうと疑っていたようだ 。いいえ、違います。

 というわけで、ヨレヨレで出国。インドの1週間、時々聴いていたテーマ曲はアラニス・モリセットAlanis Morissetteの"Thank You"だった。(YouTubeにリンク)
Thank you India. Thank you terror. Thank you disillusionment..... Thank you thank you silence.