海辺を走る二人の女2008/12/31

 11月にピカソ展で見たこの絵が、ずっと気になっていた。
two women running on the beach 海辺を走る二人の女
色がいい。表情がいい。
picassotwowomen


 解放感に満ちあふれて、力強く走るこの二人は誰?1922年という制作年からサラ・マーフィを思い出し、時間ができた年末、手持ちの資料を読んだ。

 ピカソと最初の妻オルガが、ニューヨーク出身のビジネスマン夫妻、ジェラルド&サラ・マーフィ一と親しくしていたのはちょうどこの頃だ。裕福な二人のフランスでの生活は、ロスト・ジェネレーション世代の典型とされた。
 マーフィ一家の自由で独創的な暮らし方は、多くの芸術家に影響を与えたと言われている。交流があった人々の中には、ピカソ、ブラック、レジェなどキュビズムの画家や、作曲家コール・ポーター、ヘミングウェイ、ドス・パソス、フィッツジェラルド他の作家がいた。
 ジェラルド・マーフィが着始めた白地に青いストライプの船乗りジャージーはリヴィエラの夏のスタンダードになり、その後ピカソも好んで着用したようだ。

 が、手持ちの資料とインターネットで調べると、二組のカップルが知り合ったのは1921年だが、ピカソ夫妻がリヴィエラのマーフィ一邸(のちにヴィラ・アメリカと呼ばれた)に長く滞在したのは23年だった。ちょっと残念。

 ただ、しばしば伝記で取り上げられる4人の妻や恋人以外にも、ピカソに影響を与えた女性たちがいたと考えるのは、そう間違いではないだろう。
 資料の中には、オルガ像と考えられていたこの時期のピカソの作品が実はサラを描いたものである、という説明もあった。明るく思慮深く、思いやりのある女性だったのだ。そしてその後の過酷な人生を、優雅に乗り切ったのだ。
 海辺を走る女にも、何ものにも屈することのない強さが見えるように思う。

 ジェラルド・マーフィが残した数少ない絵の1枚を、ニューヨークのMOMAで見ることができる。彼はまた革製品を扱うマーク・クロス商会の後継ぎだったが、会社はジェラルドが亡くなってしばらく後、1997年に152年の幕を閉じた。ニューヨークタイムズによれば、店の一部はCoachに引き継がれたそうだ。

参考文献:
 『優雅な生活が最高の復讐である』(新潮文庫)カルヴィン・トムキンズ
Everybody Was So Young by Amanda Vaill
Pablo Picasso 1881-1973: Genius of the Century (Basic Art)
MODERN LOVE New Yorker記事
MARK CROSS WILL BE CLOSED New York Times記事

コメント

_ ジュリエッテーノ ― 2009/01/04 00:49

この書き込みが、年末には開けることができず、
どうしてかなぁと思っていました。

で、年があけて、今日開けてみたら開いた!
(うふふ、自動詞他動詞で、例文に使えるね)

ドラゴンフライさんが博学なのは
こうやって、すぐ調べるからなのね
ズボランチョなあたしとしては
尊敬のきわみ!

ピカソは箱根の彫刻の森美術館でみたのが最後かな。
彼についての、いろんな知識はないけど、
その自由な創造には共感できるものが沢山あります。

さらに作家についてのいろいろな知識が加われば
絵をみる楽しみも深くなるのでしょうね。

この週末はまた諏訪です。
友人を案内するので、いろんな絵をみてきます。

_ dragonfly ― 2009/01/04 01:55

時間切れでまとまらないので、下書きだけ書いて実家へ行ってました。
でも某Mからはタイトルが見えちゃうみたい。

気になると調べるんだけど、まとめてしまうとほとんど忘れてしまいます。ゆえに、博学にはほど遠いなあ。ピカソはじわじわ好きになりました。
ブログは、まあ備忘録のようなものですよね。それを読んで下さる知り合いがいて、話題が広がっていくのが楽しいです。

諏訪には美術館が多いのかしら。暖かくして行ってらっしゃい。

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_ Tombow Notes - 2015/10/04 10:25

 映画を何本か見たし、ウォーレン委員会関連を含むJFケネディ暗殺調査の本もスティーブン・キングのフィクションも読んだ。11/22/63、記憶にあるあの日の教科書ビルを実際に訪ねるの